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黄金の姫林檎
翌日私達は、三班に別れて街の人々の口の端に上る噂話に、聞き耳を立てていた。
聞込みの相棒はラインハルトと、フロース班から引っ張ってきたカリンだ。
ラインハルトと二人なんて、あっという間に心臓が旅立ってしまう。
ロウ班に振り分けられたチュウ吉先生の『我のおやつ••••』とか聞こえたけど、聞こえない振りをして、私達は街へ繰り出した。気の所為じゃ無く育っているからねチュウ吉先生!
ーーーーそれは全体的に。
私達は、脇道に入ったりしては耳を澄ませ、井戸端会議中のマダムの噂話を吟味する。けど、賞味期限を体張って確認するのは、お父さんなんだね••••側でままごとらしき遊びをしている女の子達が『火を通してしまえば大丈夫なのよ!』って言ってる。
ーーーーお父さん頑張って下さいまし。
そうやってしばらく小道を彷徨いてから大通りに出てみれば、ボルサの街は国境のお陰か人の往来が激しく、うっかりするとはぐれてしまいそうだ。
それを防ぐ為にラインハルトと繋いでる手が、じっとりした汗で濡れてくる。
うーん、さっきから目眩がしたりしなかったりするけど、体調は悪く無かったはず。
大神殿ではもう直ぐ秋が訪れると、大気に踊る風が教えてくれていたが、南に位置するこの街では、冬でも外套や、厚手の衣が必要な程には気温が下がらないという。
それで真っ先に熱中症を疑ったけど、それとも違うような。
照りつける太陽の光がジリジリと暑い。
ディオンストムが用意してくれたローブは神殿関係者用で、普通は白い。
胸元の留具ーーーーブローチには細工がしてあって、温度調節機能や、ローブの色や模様を好きに変えて、神殿関係者と言う事を隠す事もできる優れものなんだけどーーーー。
目の裏がチカチカしてくる。
「あ、ラインハルト様、あそこ、大通りから外れた広場は?噴水かな?水場があるから涼しそうだし今なら空いてる」
「ーーーーだな。フィアもう少しの我慢だ」
どうやら二人して何処が一番早く着いて涼しく休めるか、場所を探索していたらしい。
そのサーチ機能便利ですね。
「ーーーーッ」
一瞬身体がぐらつく。
私の熱った身体が怠さを訴えてきた所で、ラインハルトが人混みを気にせず、抱えて走り出した。
ーーーー熱中症かな、やっぱり。
ブローチを使って、若草色の生地に薄桃色の小花を裾に散らしたローブに変えた私は、どうやら温度調節を間違えたらしい。
頭に血が上って鼻血が出そうな感覚がする。いや、抜き取られる感覚もある?
私とラインハルトは大通りから外れて、憩いの場所として使われている広場に出ると、大きな木の木影に落ち着く。
気の利くカリンは、屋台で売っている冷えた果実水を買って来ると言って、今はいない。
『聞き耳はちゃんと立てておくから、フィアはちゃんと休んで!』
って言いながら消えたカリンは出来る子だよね。
「カリン、私達がいる場所、分かるかな」
ほぅ、と息を吐く。
息も熱い気がしてゆっくりと深呼吸をした。
「少し【気】が乱れているな」
私の額に触れていたラインハルトから、フードを外しても良いとのお許しが出たので、頬に風を当てる。
半径二メートルの範囲に結界を張ったようだ。認識阻害も入っているので、遠慮なくローブの前と襟元を寛げる。
大木に背を預けて目を閉じると気分の悪さが若干和らいだ。
「お前と契約しているのだから、心配しなくても良い」
そう言いながら、力の流れを確認してくれていたラインハルトは、私の胸元からブローチを外すと調節を弄る。
ローブが直ぐに神殿の白さに変わった。
トップは腹黒疑惑を持っているけど。
「壊れている訳ではないな。正常に作動している」
じゃぁ、私の内側に問題があるのかな。
「ーーーーううっ」
また目眩だ。今度は頭痛も伴って、目を開けていられなくなる。
目を閉じてジッとしていると、また楽になる。
なんだろう、このリズム感の無いカスタネットの拍子みたいな間隔は。
そしてまた訪れる頭痛と吐き気。
今度は大きい。
冷や汗を流しながら、何とかやり過ごそうとしていたその時、突然若い男の声が結界内に割って入って来た。
「••••••あの、」
カリンの声じゃなくて、少し驚いた。
「「ーーーー!?」」
歳の頃なら二十代後半だろうか。頼りなく見える青年。
万年助教授です、って言う感じの風体をしていて、鋭く振り向いたラインハルトの一瞥でビビリ上がっている。
「お前ーーーー!?」
「ヒィィィ!?あ、あ、あの、も、もーーもしや、そ、そのローブ、し、神殿の方でしょうか?」
カミカミで、オドオドと青年は言う。
ーーーー神殿の人ですかって、えええ?
「見えるのか、この色が?」
「あ、はい。さっき白く変わりましたよね。その時に。そのローブは神殿の••••ヒィィィ!?」
またもやビビる青年に、ラインハルトがガンを飛ばして、違った、青年の胸元から目を離さず、警戒心を全開にしている。
私のローブが白く変わった所を見た、と言うことは、ラインハルトの認識阻害をくぐり抜けたと言う事だ。
「お前、その懐に何を隠している。何故俺達に近づいた」
ラインハルトが乱暴に青年の胸ぐらを付かんで引き寄せる。
「ヒィィィ!ぼ、僕は、ざ、懺悔を、聞いて、頂こうと、め、めめめ、女神様に、お導きを、を、をーーーーヒィィィ!ごめんなさいィィ!」
ラインハルト、乱暴はダメって言いたかったけど、それどころじゃ無くなった私は、浅い呼吸を繰り返す。
あれ、このビビリさんの胸元から感じる強い力が私に干渉している!?
ああ、だからラインハルトが突っかかっているんだ。
ラインハルトの威圧に負けたビビリさんは尻もちを着くが、怪我は無いみたい。
「その胸元に隠している物を出せ!今すぐに、だ!フィアが苦しんでいる」
脅すように言ったラインハルトに、ビビリさんは『ヒィィィ!はいぃぃ!』って言いながら、小さな輝く丸っぽい物を自らの手の平に乗せて見せてくれた。
それはコロリとした金色の姫林檎だった。
ふとビビリさんと目が合う。
そして次に姫林檎を目に映した途端、強烈な頭痛が押し寄せ、私は頭を抱える。
「フィア!ーーーー今すぐ離宮へ戻る。そこのお前、これは俺達が預かる」
ラインハルトの言葉と共に、少しの浮遊感が終わるとそこは離宮で。
ふいっと少し大きめな神力の気配がしたと思ったら、あれ程苦しんだ頭痛や目眩吐き気が一瞬で治まる。
が別の意味で私は頭を抱えた。
「だ、ダメですよおぉぉぉ!?それは、絶対に渡せないんですぅぅ!」
涙、鼻水込みの叫びが響く。
ーーーーそれは。
それは、ラインハルトの背中にピッタリ、子泣き爺の如く引っ付いて。
「お願いですぅぅ!!」
ーーーーくっついて来た、ビビリさんの声だった。
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