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そういった諸々の事情を考慮すると、霧島尊流の提案はこの上なく魅力的なんだけど……どうしても呑み込めない部分がある。
「でもさ寧音、お金のためだけに婚約者になるって、どう思う?」
「うーん……。『婚約者のフリ』なんだから、私は別にいいと思うけど。そういうアルバイトだって割り切っちゃえば?」
「フリとはいえ、婚約者になるんだよ? だとすると、場面によってはキスもするだろうし、婚約者であることを理由に、それ以上のことをしなくちゃいけないことだって……」
私の不安をようやく理解してくれたのか、寧音の表情が急激に曇ってきた。
「確かに……そうだね。――ごめん、お姉ちゃん。よく考えたらそうだよね。それじゃあ、お金のために体を売っているのと同じことになっちゃうもんね」
まさにそうなのだ。
霧島尊流の提案を受け入れるということは、お金で私の尊厳を売り渡すということ。
そんなことは絶対にしたくない。
リビングにある時計へ目をやると、午後10時50分を過ぎた頃だった。
「……とりあえず、ご飯でも食べようか。私は明日も仕事だし、寧音も学校だよね?」
「うん……」
「今回の件は、私の方でなんとか処理するから、寧音は何も気にしないで。――ほら、スーパーで50%オフになってたハンバーグ海老フライ弁当とロースかつ重買ってきたからさ、一緒に食べよう? 寧音はどっちがいい?」
努めて明るく振舞ったが、寧音は、迂闊に霧島尊流との婚約話を勧めてしまったことに良心の呵責を感じているようで、俯いたまま返事をしなかった。
寧音との間に、気まずい空気が流れる。
仲の良い私たち姉妹が、なんでこんな思いをしなければならないのか。
すべては、霧島尊流のせいだ。
傍若無人な提案を問答無用で突きつけてきたあの男に、苛立ちが募っていった。
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