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だけど、私の淡い期待は脆くも崩れ去った。
「いや、そんなことはないよ。俺だって、あんな綺麗な人と付き合えるなら光栄だしね」
こう返ってくるだろうと、想像はしていた。
だって、その後七咲君は2年もの間清宮先輩と付き合っていたのだ。
いくら怖い兄がバックにいたからって、渋々付き合いながら築ける交際期間ではない。
動揺を悟られないように、平静を装う。
「そうだよね。あの清宮先輩だもんね」
「うん」
話題が途切れ、数秒の間が空くも、七咲君が話を戻す。
「あれ? なんの話をしてたんだっけ?」
「あ、そうそう。霧島尊流……君のことで」
「そうだったそうだった! 知らない奴といきなり婚約するのはちょっと、ってことだよね」
「まあ、有り体に言えば……」
「でもさ、尊流も言ってたけど、政略結婚を防ぐことだけが目的だから本気で付き合うわけじゃないし、時期が来れば別れられるんだよ。それで5000万円なら、こんなに割の良い仕事はないと思うけどなぁ」
「そうなんだけど……でも……」
「何が引っ掛かってる?」
七咲君は想像していないのだろうか。
疑似交際であろうと、場合によっては体の関係もある、という展開を。
でも、七咲君にそういった生々しい話をしたくない、と思う私がいる。
駄目だ。なんで私は、七咲君にだけはこんなに無力なんだろう。
小学校の頃から、殴り合いをしている男子の仲裁に入ることだって平気なのに。
「引っ掛かってることは……そうだね、特にないかな」
「…………そっか」
ん? 何、今のちょっとした間は?
めちゃくちゃ気になったものの、七咲君は構わず話を進める。
「じゃあ、明後日の夜にまた尊流が上田の家に行くと思うから、その時に返事をしてやってよ。変に遠慮することはないから。嫌なら嫌で断ればいいし」
どう答えていいかわからず、私は、弱々しく「わかった」とだけ告げて電話を切った。
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