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「まあいい、それはこちらの問題だから気にするな。――とにかく、お前は今日から俺の婚約者となる。あくまで『フリ』だけどな」
「え? ちょ、ちょっと待っ――」
「安心しろ。事前に話していた通り、政略結婚を潰した後は俺から離れるのも自由だし、俺といたいならそのまま付き合ってやる。結婚してもいい」
「……」
展開が速すぎて、脳内の処理が追い付かない。
まず、何から訊ねればいいのだろう。何から確認していけばいいのだろう。
私の混乱など歯牙にもかけず、霧島尊流は続ける。
「一週間やるから、その間に荷造りや仕事の調整などを終わらせろ。仕事は、すぐに辞めれそうなら辞める。すぐ辞めたら迷惑がかかるようなら、ちゃんと先方と話し合って迷惑にならない形で辞めろ」
「あ……え……?」
「一週間後の朝9時頃、俺の執事を車でここへ来させる。その車に乗って、新居まで来い。俺と一緒に生活するための部屋はもう借りてあるから、荷造りを済ませておけ」
「いや、えっと……?」
「妹を一人残すのが不安なら、俺たちが暮らすマンションの近くに、妹用の部屋も借りてやる」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ようやく制止のための言葉が出てきた。
「どうした?」
「なんで一緒に住むって方向で話が進んでんのっ?」
霧島尊流が一つため息をついた。
「あのな、お前は今日から俺の婚約者なんだぞ。一緒に住んでる方が自然だろうが」
「いや、そうじゃなくてっ! 私、さっき断ったよね?」
「ああ、断ってたな。――でも、まずは黙って3日間、俺と暮らしてみろ。それで、少しでも嫌だと思ったら出て行っていい。その後も、契約を破棄したいと思ったらいつでも破棄していい。だから、今のこの家も契約したままにしておけ。金はこっちで払っておく。この形なら問題はないだろ?」
「だ、だけど……」
不安げな私の様子をひとしきり確認した後、ほんのわずかとはいえ、珍しく相好を崩す霧島尊流。
「俺に任せろ。何も心配はない」
ドキリとした。
初対面の時にも言われたセリフだ。
なんなのだろう、この根拠のない自信は。
なんなのだろう、それでいてどこか安心してしまうこの気持ちは。
「ちなみに、5000万は今日中にお前の口座へ振り込んでおく。この金は、途中でお前が出ていこうがどうしようが返さなくていい。明日には口座に反映されてるだろうから、好きに使え」
「えっ?」
「あと、引っ越し先は6LDKのマンション。もちろん寝室は別々。家事や雑務は家政婦と執事がやってくれるから、お前は何もしないでいい。ただひたすら、政略結婚を防ぐために協力しろ。以上だ」
6LDKという異様な響きに驚く間もなく、言い終わると同時に霧島尊流はスクっと立ち上がり、長い足を颯爽と交互に動かしながらリビングから出ていった。
私と寧音は、その姿をただ黙って見送ることしかできなかった。
他を圧倒するような、物言わせぬあの佇まいは、日本有数のお金持ちがゆえのものなのだろうか。
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