【第6話】

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「さっきから、その人のことを否定して欲しそうなことばっかり言ってるけど、サクラの顔見てると、逆に肯定して欲しくてたまらなそうに思えるんだよね」  鋭い。さすがは妃花だ。  その通りだった。  私は、霧島尊流の言動や行為を肯定して欲しいと思っている。彼の提案を受け入れることが間違いではない、と肉親以外の誰かに言って欲しかった。 「サクラはさ、お金で婚約者のフリをするってことに抵抗があるから、その部分を正当化するための材料を探してるんだよ」 「うん、おっしゃる通り、かな……」 「だったら、もうその問題はクリアしてるよ」 「クリアしてる?」 「その人は、強引にサクラから仕事を奪うんじゃなくて、周囲に迷惑がかからないように辞めろって言ったんでしょ? しかも、大事な妹とも離れ離れにならないようにしようとしてくれてるし、偽装婚約が嫌になったらいつでも取り消せるし、しかも振り込まれたお金は返金の必要もない、って。話だけ聞いてたら、めちゃくちゃ人格者じゃん」  らしからぬ長台詞の後で疲れたのか、いつもはチビリチビリと飲むハイボールを、三口ほど一気に飲んだ妃花。 「そう……だよね……」 「そうだよ。断る理由なんてないと思うけどな、私は。――ちなみに、今のコールセンターの仕事はどうするの?」 「うん。今日の帰り際にマネージャーに相談したら、他の派遣社員で回せるからすぐに辞めることも可能だって」 「へぇ。他の仕事は?」 「あとは、スポットで入ってる清掃業とイベントの仕事だから、いつ辞めても問題ないんだよね。辞めるも何も、シフト入れなきゃいいだけだから」  珍しく、妃花がうっすらと笑った。 「だったら、何も問題ないじゃん」  ぐうの音も出ない。  そう、何も問題がないのだ。  本日をもって、すべての仕事に行かなくて大丈夫なのだから。  私がレモンサワーを片手に固まっていると、妃花がポツリと言う。 「サクラがこれまで重ねてきた徳が返ってきたのか、ただの運なのか、それはわからないけど、断る理由が見つからないほどにお膳立てされてるんだから、ここは素直に乗っかるべきでしょ。むしろ、変な意地張って断固として拒絶する方がイタいよ」  この言葉が、今日イチ私に刺さった。
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