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「それでは、参りましょうかサクラさん。今が午前9時ですので……新居へは10時過ぎには着く予定です」
ここから1時間ほどの距離に、新居はあるらしい。
もちろん私は、どこにあるのか、どんな家なのかも知らない。
「あの、滝沢さん。ちょっと訊いてもいいですか」
「もちろんです。何でもお訊ねください」
「今私たちがいるこの場所は、千葉でもわりと田舎の方ですけど……引っ越し先はどこになるんですか?」
「東京都港区でございます」
――やっぱり。なんかそんな気がした。
***
寧音に見送られながら、私は滝沢さんが運転する車に乗り込んだ。
「先ほどもお伝えした通り、お荷物は、こちらで手配した業者がすべて滞りなくお運びしますので、心配はございません」
上品な言葉と上品な振る舞い。
滝沢さんの一挙手一投足には、つい目を奪われてしまう。
貧乏街道をひた走ってきた私にとって、未知の世界の人だ。
霧島尊流だって、本来はこういう振る舞いができる人なんだろうけど、今のところ私の前では傍若無人なところしか見せていないので、いまいちピンとこない。
時折、言葉の中に配慮を感じることはあるけど……。
「曲がる時のスピードなど、運転に不備などございましたら、ご遠慮なくお申し付けください」
何これっ?
こんな世界があるのっ?
曲がる時のスピードなんて、意識したこともなかった。
タクシーに乗った経験なんて数えるほどだけど、体がもっていかれるほどの急スピードで曲がってくれる方が、早めに目的地に向かおうとしてくれている良いタクシードライバーだと思っていたほどだ。
「あ、大丈夫です」
私に返せる言葉など、この程度だった。
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