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「……はぁ。どうしたんだよ。お前は、あの『上田サクラ』だろ? もっと、上田サクラらしく振る舞ってくれ」
「あの『上田サクラ』……? 私らしく振る舞う……?」
「そうだ」
「どういうこと?」
私の問いに、珍しく霧島尊流が目を泳がせながら答えに詰まっている。
どうしても知りたいことだったので、畳みかけることにした。
「ねぇ、答えてよ! ずっと不思議だったの。なんで、政略結婚を避けるための役が、私じゃなきゃ駄目だったの?」
「……」
「私はあんたと出会った覚えがないからわからないの。なんで私が選ばれたのか」
「そりゃ、お前は覚えてないだろうな」
「え?」
「お前からしたら、俺は『その他大勢』の一人だろうから」
意味深な一言を吐いた後、霧島尊流は黙ってしまった。
続きを促すため、選択肢を挙げてみる。
「昔、私が助けた人、とか?」
「……」
「あ、助けたっていう言い方はアレだけど、私って昔から、困っている人がいたら後先考えずに助けに入っちゃう性格だったの。だから、もしかしたらそうかなって思っ――」
「違うっ! お前に助けられたことなどないっ!」
初めて見る霧島尊流の感情的な顔と語気に、つい息を呑む。
しばらく沈黙が下りた後、霧島尊流が大きく深呼吸をした。
「もういい。この話は終わりだ。――とにかく、明日は俺とお前、滝沢の三人で買い物に行く。これは仕事に含まれているから、ちゃんとやってもらうぞ」
「うん……。もちろん、それは全然いいんだけど」
「あと、余計な詮索はもうするな。そういう面倒な説明も省くことを前提とした上での高額な報酬、という話もしたはずだ」
その通りだ。間違いなく言っていた。
七咲君と一緒に初めて私の家に来た時の、霧島尊流の言葉が蘇る。
「ごめん、そうだよね。確かに言ってたね」
「わかってくれればいい。じゃあ、明日の午前11時には家を出れるように準備しておけ」
「わかった」
「頼んだぞ。――あと、急に大きな声を出して悪かった。じゃあ、おやすみ」
そう言って、霧島尊流は部屋を出て行った。
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