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【第10話】
「おい、本気なのか」
私がリクエストした、つい昨日まで住んでいた地元の町中華へ案内すると、霧島尊流は幽霊屋敷でも見たような顔のままガクブルしていた。
無理もない。
貧乏生活が長いこの私でさえ、最初にこの店構えを見た時にはさすがに怯んだほどだ。
この店をあえて一言で表すなら、「ホントに営業中?」という言葉がふさわしい。
「どこでもいいって言ったよね?」
「言った……けども……」
あの霧島尊流がビビっている。
なんて貴重な光景!
だけど、もちろん霧島尊流をビビらせたいなんていう理由で選んだわけではない。
味は恐ろしいほどに美味しいのだ。
「見た目で判断しちゃダメだよ。この店のサバ味噌煮、最高なんだから」
「ちょっと待て。ここは中華屋だよな?」
「そうだけど?」
「なんでサバの味噌煮があるんだ」
「それがこの店の懐の深さだよ。チャーハンとサバ味噌煮の奇跡のコラボレーションをご堪能あれ!」
両手を使って派手に盛り上げようとしたものの、霧島尊流だけでなく、隣りの滝沢さんまで若干引いている。
まずい、攻めすぎた店選びだったか。
「……尊流さん、とりあえず入りませんか? サクラさんに自由に選んでもらうという条件でしたし」
「ぐっ……」
飲食店へ入る際に、ここまで覚悟を決めて第一歩を踏み出す人を初めて見た、というほどに霧島尊流の足取りは重かった。
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