【第10話】

4/4

26人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ
 顔を上げ、スキンヘッドを睨む。  身長も体重もあり、いかにも強そうだけど、引くわけにはいかない。  なんとかして、このバカ男をヘコませてやりたい。  でも……。  歯噛みしながら、現実を噛みしめる。  私は、女だ。  スレンダー、とまでは言わないまでも、どちらかというと華奢で、当然筋力なんてない。  男一人を、暴力で抑えつけることなどほぼ不可能だ。  つらい。心底、つらい。  いつものように、何もできないのか。  こうやって反射的に助けに入っても、結局男の力の前には為す術なく、悔しい思いをするだけなのだろうか。  自然と、目に涙が溜まってくる。  いつもの感覚だ。  自分の無力さを思い知った時に、その場で感情を露わにして泣き崩れて喚いてしまうという、私の悪い癖。  第三者の女が号泣して喚いたところで、修羅場なんて止まらないのに。  わかっているけど、理性で止まるものじゃない。  結局私はいつも通り、自分の無力さを嘆く涙を流すだけなんだ。  そう覚悟した、その時だった。 「お前、ふざけるんじゃないぞ……」  背後から、聞き覚えのある声がした。  振り返ると、今までに見たことがないような、怒りに打ち震えた顔をした霧島尊流が立っていた。 「誰だてめぇはっ? このバカ女の連れかっ? とっとと連れて帰れ、ボケがぁ!」  酔いに任せた興奮なのか、元から凶暴なのか、スキンヘッドの咆哮は止まらない。  しかし霧島尊流は、いつも通り無表情のまま。  滝沢さんは、だいぶ離れた場所にいる。 「ダメ! 逃げて!」  咄嗟に、霧島尊流に向かって叫んだ。  こんなお坊ちゃんを……ううん、そうじゃなくて、誰であろうと、私の巻き添えにするわけにはいかない。  必死で「早く逃げて」と連呼するも、霧島尊流はどんどんスキンヘッドへ近づいていく。  どうするつもりなの? お坊ちゃんのあんたが……。  しかし霧島尊流は、私の隣りを通り過ぎる時、ぽつりとこう言った。 「俺に任せろ。何も心配はない」  あっ……。  このセリフ……。  そう思った瞬間、霧島尊流の右ハイキックがスキンヘッドの左こめかみにクリーンヒットし、スキンヘッドは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。 「おい、残りの二人。まだやるか」  残った中年二人は、背も小さくただの小太り。  スキンヘッドの威を借るキツネだったのだろう、すぐさま「あ、いや……」とトーンダウンし、スキンヘッドを抱えながらそそくさと逃げて行った。 「おい、女」霧島尊流が、眼鏡の若い女性に話しかける。 「は、はい」 「お前の彼氏か?」 「そ、そうです……」 「いい男だな。大事にしてやれ」  言い終わると同時に踵を返し、私をお姫様抱っこの形でかつぎあげた。 「はっ? えっ? ちょっ……」 「勘違いするな。さっさと立ち去りたいだけだ。こうした方が速い」  確かに、変に野次馬たちから注目を浴びているし、はやく立ち去りたいのは私も同じだった。  それにしても……。  ただ黙って抱っこされている恥ずかしさに耐え切れず、自然と浮かんだ一言を漏らす。 「つ、強いんだね……」 「一応、空手の黒帯だ。他にも、あらゆる格闘技を嗜んでる。常にボディガードを引き連れるのも鬱陶しいし、自分で鍛えることにしたんだ」  霧島尊流……いや、尊流の今のセリフには、正直ズキュンときた。古い表現かもしれないけど、感じたままを表現するとこうなるのだから仕方がない。 「にしても、お前はいつまでも変わらないんだな。あんな男どもに勝てるわけがないだろう。少しくらい、打算ってもんを学べ」 「それができたら苦労しないよ」  うっとりしながら、脊髄反射で返答した。  直後、「……いつまでも変わらないっ? どういうことっ?」という疑問で脳内が埋め尽くされたが、とりあえず今この時だけは、人生初めてのお姫様抱っこに酔いしれることにした。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加