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「別に、お前がそれでいいなら、受け入れるよ」
「えっ……? ど、どういうこと……?」
「どういうことも何も、そのままの意味だ。疑似婚約中に、お前が俺に惚れて結婚したいと思ったのなら、受け入れる」
心の中が、「はぁ?」で埋め尽くされる。
彼は日本語を喋っているのだろうか。理解が追い付かない。
二の句が継げず、ただ黙っていると。
「まあとにかく! そういうことだ。どうしても嫌なら断ってもいい。人権を無視するようなやり方は好まないからな」
そう言い放ち、霧島尊流がソファから立ち上がった。
立ち姿を見たことで、背の高さが明確に伝わってきた。185cm近くあるのではないだろうか。
細身で姿勢がよいその凛とした姿に、迂闊にも一瞬見惚れてしまった。
我に返るように、慌てて首を振る。
霧島尊流は、私の動揺など気にする様子もなく話を続ける。
「疑似婚約成立後、途中で別れようが、実際に結婚しようが、報酬は5000万円。これは変わらない。この条件で受けるかどうか、3日後までに決めろ。いいな? ――瞬、あとはお前に任せる」
「ちょっと待って!」
私の横を通り過ぎて立ち去ろうとする霧島尊流の腕を掴む。
「なんで私なの? お金で釣って婚約者のフリをするだけの人を雇うなら、誰でもいいでしょ?」
すると霧島尊流は、ゆっくりと私の方へ首を向けた。
「いや、お前じゃなきゃ駄目だ」
眼差しに妙な力がこもっていたことで、思わずドキリとした。
でも、怯んではいられない。
このまま立ち去られるのは納得がいかない。
「なんで私じゃなきゃ駄目なのよっ? ちゃんと説明して!」
「……それは御免だ。いちいち説明する面倒を省きたい、っていうのも含めての高額な報酬だと理解しろ。わかったな」
「はぁ? 人をなめるのもいい加減にしてよね! 納得のいく説明がいくまで帰さないから!」
すると霧島尊流は、鉄仮面のような無表情を少しだけ崩してから、こう言った。
「俺に任せろ。何も心配はない」
心が落ち着く独特な声のトーン。
すべてを悟ったような表情。
つい身を任せたくなってしまうようなオーラ。
それらになんとなく気圧されてしまい、つい掴んでいた腕を離してしまった。
その隙をつかれ、霧島尊流は家から一人で出て行ってしまった。
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