【第11話】

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「よぉ。遅いから先に食べてたぞ」  尊流がいつもの仏頂面で朝食を堪能している。  今日の朝食の献立は、ごはんとみそ汁、温泉卵、ひじきの煮物、鮭の塩焼き、長芋とろろ、筑前煮、焼きのり、冷奴、漬物という、高級旅館に来たようなものだった。  昨日と打って変わって、純和風。  それにしても、朝から作り置きではない筑前煮が出てくるのには驚いた。  園田さんは何時起きなんだろう。  ――いや、園田さんの料理に感動している場合はない。  早めに、七咲君とのことを尊流に告げないと。 「じゃあ、私も早速いただくね」 「ああ。好きに食べろ。今日は特に予定もないから、急ぐ必要はない」  ちょうどいいパスがきた。  ここしかないと思い、食べる前に切り出すことにした。 「あ、今日は何もないんだ。だったら、ちょっと出かけてきていい?」 「ん? どこへだ」  言葉に詰まる。  よどみなく言えばそれで済むことなのに。  そして、ここまで詰まってしまったのなら、せめて方便として別の外出理由を告げればいいのに、私にはそれができない。  本当に不器用だ。 「……七咲君から会おうって言われてて」  その瞬間、尊流の箸が止まった。  やっぱり、七咲君のことは意識しているのだろうか。  それってつまり……。  ……なんてことを考えたのも束の間。 「そうか。わかった」  再びスムーズに箸が動き出し、いつも通りの尊流になった。  でも、実は引き止めたいと思ってくれているのかもしれない。  プライドが高くて、それを言い出せないだけなのかもしれない。  そう考え、良かれと思って提案してみることにした。 「あのさ、尊流が行くなっていうなら、行かないでもいいかなぁ、なんて思ってるんだけど、そのへんはどうかな」 「……なぜだ?」 「だって、一応5000万円ももらって契約してる身だし、ある程度は私の行動を縛る権利もあると思うんだよね。っていうか、多少は縛ってくれないと、申し訳ないなぁっていうのもあるし……」  すると、みるみるうちに尊流の顔が赤くなっていった。 「バカにしてるのかっ? なんで俺が、お前ごときにそこまで気を使われないといけないんだ! このペチャパイが! なめるなよっ!」  善意でお伺いを立てたのに、あまりに失礼な返しをされたことで、私も我を失う。  特に、身体的特徴をイジるなんてご時世的にもアウトだ。 「はぁ? なんなのその言い方っ? 私は、尊流のためを思って聞いただけでしょ。なんでそこまで言われないといけないのっ?」 「うるさい! 貧乏人のくせに偉そうなことをほざくな!」 「何よそれ……」  尊流とは案外うまくやっていけるのかも、なんて思ったけど、やっぱり勘違いだった。  こんな奴と、打ち解けられるはずがなかったんだ。 「……わかった! もういい!」  私は、せっかくの美味しそうな朝食に一切手を付けないまま、ダイニングから去った。  チラリと横目に映った園田さんの心配そうな表情が、抜けないトゲのように私の心に刺さった。
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