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「よぉ。遅いから先に食べてたぞ」
尊流がいつもの仏頂面で朝食を堪能している。
今日の朝食の献立は、ごはんとみそ汁、温泉卵、ひじきの煮物、鮭の塩焼き、長芋とろろ、筑前煮、焼きのり、冷奴、漬物という、高級旅館に来たようなものだった。
昨日と打って変わって、純和風。
それにしても、朝から作り置きではない筑前煮が出てくるのには驚いた。
園田さんは何時起きなんだろう。
――いや、園田さんの料理に感動している場合はない。
早めに、七咲君とのことを尊流に告げないと。
「じゃあ、私も早速いただくね」
「ああ。好きに食べろ。今日は特に予定もないから、急ぐ必要はない」
ちょうどいいパスがきた。
ここしかないと思い、食べる前に切り出すことにした。
「あ、今日は何もないんだ。だったら、ちょっと出かけてきていい?」
「ん? どこへだ」
言葉に詰まる。
よどみなく言えばそれで済むことなのに。
そして、ここまで詰まってしまったのなら、せめて方便として別の外出理由を告げればいいのに、私にはそれができない。
本当に不器用だ。
「……七咲君から会おうって言われてて」
その瞬間、尊流の箸が止まった。
やっぱり、七咲君のことは意識しているのだろうか。
それってつまり……。
……なんてことを考えたのも束の間。
「そうか。わかった」
再びスムーズに箸が動き出し、いつも通りの尊流になった。
でも、実は引き止めたいと思ってくれているのかもしれない。
プライドが高くて、それを言い出せないだけなのかもしれない。
そう考え、良かれと思って提案してみることにした。
「あのさ、尊流が行くなっていうなら、行かないでもいいかなぁ、なんて思ってるんだけど、そのへんはどうかな」
「……なぜだ?」
「だって、一応5000万円ももらって契約してる身だし、ある程度は私の行動を縛る権利もあると思うんだよね。っていうか、多少は縛ってくれないと、申し訳ないなぁっていうのもあるし……」
すると、みるみるうちに尊流の顔が赤くなっていった。
「バカにしてるのかっ? なんで俺が、お前ごときにそこまで気を使われないといけないんだ! このペチャパイが! なめるなよっ!」
善意でお伺いを立てたのに、あまりに失礼な返しをされたことで、私も我を失う。
特に、身体的特徴をイジるなんてご時世的にもアウトだ。
「はぁ? なんなのその言い方っ? 私は、尊流のためを思って聞いただけでしょ。なんでそこまで言われないといけないのっ?」
「うるさい! 貧乏人のくせに偉そうなことをほざくな!」
「何よそれ……」
尊流とは案外うまくやっていけるのかも、なんて思ったけど、やっぱり勘違いだった。
こんな奴と、打ち解けられるはずがなかったんだ。
「……わかった! もういい!」
私は、せっかくの美味しそうな朝食に一切手を付けないまま、ダイニングから去った。
チラリと横目に映った園田さんの心配そうな表情が、抜けないトゲのように私の心に刺さった。
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