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私なんかが、あの霧島財閥の御曹司に名指しで指名されたこと。5000万円という破格のお金が振り込まれたこと。妹の寧音にまで豪華な部屋を用意してくれたこと。意味ありげに私を選んだという空気感を出しているけれど、いまだになんの説明もないこと。
冷静に考えればすべてがおかしすぎる。今更だけど……。
中でも、一番腑に落ちないのが、私が選ばれた理由だ。
尊流は、「お前はあの上田サクラだろ」とか、「上田サクラだから選んだ」みたいなことを言って、意志を持って選んだという形にしようとしているけど、言葉だけならなんとでも言える。適当なことを言っておけば、何か深い事情があるのだとこっちが勝手に深読みするだろうと踏んだのかもしれない。
実際私は、そう捉えてしまった。何らかの理由があって私が選ばれた、と。
でも、本当はなんの理由もなかったとしたら……? 私がどうなろうと知ったことではない、というほどの陰謀に巻き込まれているとしたら……?
想像の暴走が止まらない。
「大丈夫、上田?」
「え?」
「いや、青ざめた顔をしてるから……」
慌てて両手で顔を触る。掌の熱さを必要以上に感じた。それだけ、顔の皮膚の温度が下がっている、つまりは、青ざめているということなのかもしれない。
「もし、尊流が上田を利用しようとしているんなら、俺が仲介役になったせいだよな……。本当にゴメン」
必死で言葉を絞り出す。「で、でも、七咲君は何も知らなかったわけだし……」
「知らなかったじゃ済まされないよ」
七咲君の悲痛な声に、下唇を噛むことしかできなかった。
辛そうな声で、七咲君が続ける。
「尊流が関係なかったとしても、滝沢っていう、何が目的なのかわからない執事の存在も浮かび上がったわけだし……。とにかくできるだけ急いで今の家を出た方がいい」
今の七咲君の言葉が、答えなのかもしれない。
もう、何が何やらわからない。私の手には負えないような、どす黒い陰謀が渦巻いている可能性がある以上、一刻も早く逃げ出すのが正解なのだろう。
やっぱり、こんな旧財閥の政略結婚絡みの件になんて関わるんじゃなかった。今更ながら、とてつもなく大きな後悔に襲われる。
親の残した借金を完済して、妹が苦労しないようにしたい。その一心でつい引き受けてしまった自分の浅はかさに、ただただ呆れることしかできない。私はなんてバカなんだろう。
気づくと、私の視線は、地面を縦横無尽に歩き回る蟻たちに釘付けとなっていた。公園で遊ぶ子供たちを見ていたつもりが、いつの間にかうなだれていたようだ。
そろそろ11月。秋真っ只中なのに、蟻はまだまだ元気に活動中なんだな。
――そんな、現実逃避に近いことを考えている時だった。
「困りますね」
背後から、聞き覚えのある声がした。
反射的に振り返る。七咲君も、同じく振り返っていた。
「心外にもほどがありますよ。まさか、僕が悪者にされてるなんてね」
そこには、今まさに話題の中心にいた滝沢さんが立っていた。
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