魅惑の箱

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事件はその数日後に起きた。 ヤツの姿が忽然と消えたのだ。家中どこを探してもいない。狭い1LDKの一人暮らしの部屋だ。猫が隠れると言っても限界がある。 名前を呼んでも、大好きなおやつの袋をくしゃくしゃ音を立てて丸めてみても、ヤツは姿を見せなかった。生まれた時から温室育ちで、外へ出たいという素振りすら見せたことのないヤツのことだから、家から逃げたとは考えにくい。もう何度も探した仕事部屋にまたも戻って、再びぐるりと見渡してみる。  ――ごろごろごろ   俺ははっと息を呑んだ。ヤツがご機嫌の時に喉を鳴らす声が、確かに聞こえたのだ。 「タマ、どこだ!どこにいる?」 だがやはり姿はない。閉じられたノートパソコンの横に、例のメロン箱があるだけだ。俺はそっと箱に近づいてみた。何度覗いても箱の中はやはり空だ。しかし声は間違いなくそこから聞こえてくる。 「……タマ?」 まさかと思いつつも、俺はつるりとした箱をそっと撫でた。  ――みぃ 俺の手に応えるように、箱が小さく鳴く。ヤツだ、間違いない。俺は半ば呆然と、半ば納得して箱を眺めた。事もあろうにあまりに箱が気に入り過ぎて、ヤツは自ら箱になってしまったのだ。その満足げな鳴き声からして、ひげの先一本ほども後悔していないのは明らかだった。 それ以来、俺の相棒である飼い猫タマは、前代未聞の箱型の猫へと変身を遂げた。 箱である以上自分で動くことはできないが、ヤツはそれも気にならないらしく、仕事をする俺の傍らで毎日機嫌よくごろごろと、どこにあるかも判らない喉を鳴らしている。 メシはどうするのかと心配したが、夜に箱の前へ餌を置いておくと朝には空になっているし、何やらもぞもぞする気配がした時はトイレの横に箱を置いてやれば、いつのまにかコトを済ませている。 メシもトイレも、いったいどうやってるのか皆目見当がつかないが、とりあえず日々の生活に支障はないらしい。あの至福のもふもふ感が味わえないのは寂しい限りだが、触れるとほんわり温かいし、抱えれば空箱のくせにずしりと重い。何よりヤツ自身がその状況を気に入ってるのだから、どうしようもない。 大の男が目尻を下げて、膝の上のメロン箱を撫でている姿はかなりシュールではあるが、いつしかそれが我が家の日常になっていた。
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