魅惑の箱

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そんなある日、困った事態が出来した。 「二泊三日の研修って、マジかよ……」 上司から出張研修の命令を受けた俺は、やれやれと溜息をついた。 「あそこ、遠いんだよな……まあ、研修自体はさほど……」 そう呟きかけて、はっと気づく。 出張で家を留守にする間、ヤツをどうすればいいのか。 いつもなら馴染みのペットホテルに預ければ、それで事は済む。ヤツの機嫌は死ぬほど悪くなるが、一人暮らしの身に飼われた運命と思って諦めてもらうしかない。だが今のヤツは中身は猫でも、外見はどこから見ても完璧なメロン箱だ。まさかそのメロン箱をペットホテルへ預けるわけにはいかない。 そんな真似をしたら、こっちの頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。 「おまえ、どうするんだ。猫に戻る気ないのかよ」  ――なぁ 箱からくぐもった声だけが返ってくる。相変わらずご機嫌のようだ。 「なぁ、じゃねえよ。このままおまえを部屋に置いて出張に行くわけにも……」 その時、ある考えが閃いた。そうか、その手があったかと、俺はメロン箱をぽんぽんと叩いて、一人ほくそ笑んだ。 出張当日、俺は荷物と一緒にメロン箱を脇に抱えて家を出た。そのまま駅に向かい、何食わぬ顔で特急の指定席に座る。 本来ペットを公共交通機関に乗せる場合は、キャリーケースに入れるのが鉄則である。だが今のヤツは、まごうことなき“箱”だ。箱を持って電車に乗るぶんには、何の問題もない。スーツ姿にメロン箱という珍妙な取り合わせは、この際気にしないことにする。だが異様に目立つことは確かだ。まわりから「何だこいつは」的な視線が容赦なく突きささるのは避けられない。 幸い研修前日から現地入りしたおかげで、ホテルに直行できたのがせめてもの救いだった。 電車同様、本当はホテルもペットNGのはずだが、そこは何と言ってもメロン箱だ。フロントの不思議そうな顔にも気づかないふりで、早々に部屋に飛び込んだ。 「まったく、おまえが箱になんかなるから……」 だがヤツは知らぬ顔で、小さな窓の脇にあるテーブルの上でまったりと寛いでいる。まったくどっちが主人なんだか、と俺は狭いベッドに転がって天井を見ながら溜息をついた。
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