魅惑の箱

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何とか三日間の研修も終わり、無事に帰りの指定席も押さえた俺は、出張帰りのお約束である“電車でビール”を満喫していた。 膝の上に乗せたヤツがたまに小さな声で鳴くのには肝を冷やすが、手にしたスマホの動画の音ですよ、という素振りで押し通した。それでも隣の中年男が、時折メロン箱にちらちらと視線を走らせてくるのが鬱陶しい。俺はビールを飲み終えると、さっさと目を閉じてひと眠りすることにした。 かたんかたんと心地よく響く電車の揺れが、疲労とビールのしみ込んだ俺の体を眠りの底に引き込んでいった。   ざわつく気配で目が覚めると、もう降りる駅が近づいていた。着く前にトイレに行っておこうとデッキに出たが、考えることはみな同じなのか、既にトイレの前には列ができている。到着間近を知らせる車内アナウンスも流れ始め、泡を食った俺は急いで用を済ませて座席に戻った。 「あれ?」 ヤツ、つまりメロン箱がない。確かに座席の上に置いていったはずなのに、と荷物棚を見上げても当然その姿はない。電車は刻一刻と、その速度を落としていく。 「あの、もしかしてメロンをお探しですか?」 焦ってきょろきょろしていると、通路を挟んだ反対側の席から若い女性がおずおずと声をかけてきた。 「たぶん隣の方が持っていかれたと思いますよ。一瞬だったんで、私もはっきり見たわけじゃないですけど。お連れの方じゃなかったんですか?」 訝しげな女性の言葉に、さっと血の気が引く。よく見ると中年男の姿はおろか、相手の荷物も跡形もなく消えていた。 冗談だろう、まさか盗んだってのか? 高級メロンに釣られて盗ったところで、どうせ空の箱なのに……と思ったところで、ふと気づく。あの箱はヤツ自身の重さがある。少し触れば、それなりの重量を感じるはずだ。 そうか、だから本物の中身が入っていると勘違いしやがったのか……! 俺は女性に礼を言うと、慌てて自分の荷物を抱えてデッキに向かった。だが降りる人が座席の通路にまで列をなして、なかなか前に進めない。 「すみません、通して下さ……」 「おい、割り込むな!みんな並んでんだよ!」 厳しい声がどこからか飛んでくる。やきもきしながら足踏みするうちに、電車は駅に到着した。流れ出す人の後ろをじりじりしながらついていく。  ――もしも相手がこの駅で降りてなかったら…… 胸に湧き上がる不安を押し殺して、転がるようにホームへ降りた俺は、溢れる人の波をかき分けてあの中年男の姿を探した。自分と同じスーツ姿でそれなりの大きさの白い箱を抱えていれば、嫌でも目立つはずだ。だがどこにもそれらしき姿は見当たらない。 「ちくしょう、いない……!」 やはりまだ電車の中かと振り返った途端、発車のベルと共にドアが目の前で閉まる。 だめだ、もうどうしようもない……! その時、ホームにひしめく人の波がざわりと揺れた。口々に叫ぶ声があちこちから聞こえ、次第にこちらへ近づいてくる。何事かと人混みの中で伸び上がった時だった。 「ぐはっ!」 事態を把握する前に、腹に強烈なボディブローを食らった俺は、危うく後ろに倒れそうになった。何とか踏ん張ってこらえたものの、腹にぶち当たってきた何かは、反動で後ろにすっ飛んでいく。 「お、おいっ!」
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