11人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
金槌(2)
「蜩が天女を盗みに入ったんだとさ」
「盗んだ物、配ってまわるって聞いたぜ。天女といえば、浮世離れした美しさって話じゃねぇか。こいつはひとつあやかりたいもんだね」
「それがしくじって逃げてるんだとさ」
団子屋はそんな噂で持ちきりだった。
「人斬り『金槌』なんてどんな大男かと身構えておりましたら、こりゃあ随分な色男で」
お上も人材不足だろうか。口から生まれてきたような、脳足りんが使いに現れた。茶を啜る。風味もしないほど薄い。湯呑みもところどころ欠けていた。
「ここの茶、薄いでしょ? でも団子は美味いんですよ。金槌先生は甘いものはお嫌いで?」
「『先生』はやめろ」
「『金槌』と名を出すのもあまりよくない。ここは『金さん』とでも呼ばせてもらいますかね」
「好きに呼べ」
「これはご謙遜を。生まれは武家だと聞いてますよ。剣の腕もかなりのもの。件の辻斬り、悪名高い大名殺し、駿河の人喰い熊や北の四十九人殺しなんて、お上おかかえの剣士でさえ、お手上げだったのですから、軒並み斬ってしまうなんて、感服ですよ」
「無駄話やおべっかはいい」
「まあまあ、お団子四つもたべてるじゃないですか」
「出されたものを食べたまで」
「私のもよかったら。つぎは鰻を食べに行きましょう。近くに腕のいい職人がおりましてね。あの蒲焼きは死ぬまでに一度は食した方がいい。甘辛いタレが絶品でね。匂いだけで米が食えるほどですよ」
こんな裏の御用聞より、商人でもやった方がよほど大成しそうな口のうまさだった。細い狐目がのぞいている。にこにこと愛想がいいようで、こちらをしっかり値踏みしている。やはり商人向きだし、年のころは十四、五といったところか。雇われとはいえ、こちらは幾人もの罪人を屠ってきた人斬りだというに、恐れを微塵も感じさせない。度胸が座っているのか。それともただの阿呆か。
「今回のお仕事も屑ですよ。身分にそぐわぬ富で気分が大きくなった輩です。財は罪ですね。出る杭は打たれる。金槌先生の出番というわけです。」
「だから、『先生』はやめよ」
「天女は死者をも甦らせる通力の持ち主と聞きます。奪い、お上にご謙譲を」
最後の団子を薄い茶で流し込み、金槌は庄屋の屋敷に向かう。
数日続く雨は止むどころか、勢いを強めるばかりだ。
最初のコメントを投稿しよう!