金槌(2)

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金槌(2)

(ひぐらし)が天女を盗みに入ったんだとさ」 「盗んだ物、配ってまわるって聞いたぜ。天女といえば、浮世離れした美しさって話じゃねぇか。こいつはひとつあやかりたいもんだね」 「それがしくじって逃げてるんだとさ」  団子屋はそんな噂で持ちきりだった。 「人斬り『金槌』なんてどんな大男かと身構えておりましたら、こりゃあ随分な色男で」 お上も人材不足だろうか。口から生まれてきたような、脳足りん(うつけ)が使いに現れた。茶を啜る。風味もしないほど薄い。湯呑みもところどころ欠けていた。 「ここの茶、薄いでしょ? でも団子は美味いんですよ。金槌先生は甘いものはお嫌いで?」 「『先生』はやめろ」 「『金槌』と名を出すのもあまりよくない。ここは『(きん)さん』とでも呼ばせてもらいますかね」 「好きに呼べ」 「これはご謙遜を。生まれは武家だと聞いてますよ。剣の腕もかなりのもの。件の辻斬り、悪名高い大名殺し、駿河の人喰い熊や北の四十九人殺しなんて、お上おかかえの剣士でさえ、お手上げだったのですから、軒並み斬ってしまうなんて、感服ですよ」 「無駄話やおべっかはいい」 「まあまあ、お団子四つもたべてるじゃないですか」 「出されたものを食べたまで」 「私のもよかったら。つぎは鰻を食べに行きましょう。近くに腕のいい職人がおりましてね。あの蒲焼きは死ぬまでに一度は食した方がいい。甘辛いタレが絶品でね。匂いだけで米が食えるほどですよ」  こんな裏の御用聞(ごようきき)より、商人でもやった方がよほど大成しそうな口のうまさだった。細い狐目がのぞいている。にこにこと愛想がいいようで、こちらをしっかり値踏みしている。やはり商人向きだし、年のころは十四、五といったところか。雇われとはいえ、こちらは幾人もの罪人を屠ってきた人斬りだというに、恐れを微塵も感じさせない。度胸が座っているのか。それともただの阿呆か。 「今回のお仕事も(くず)ですよ。身分にそぐわぬ富で気分が大きくなった輩です。財は罪ですね。出る杭は打たれる。金槌先生の出番というわけです。」 「だから、『先生』はやめよ」 「天女は死者をも甦らせる通力の持ち主と聞きます。奪い、お上にご謙譲を」  最後の団子を薄い茶で流し込み、金槌は庄屋の屋敷に向かう。  数日続く雨は止むどころか、勢いを強めるばかりだ。
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