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 琴子は事故以来、半年に一度、脳神経外科で定期検査を受けている。  有名な医師がいるとあって、予約していてさえ、一日がかりなのはいつものこと。長い待ち時間を琴子は、清音が小説投稿サイトにアップした小説を読んで過ごす。  琴子にとってはすっかり懐かしくなってしまった夢の世界が、文字という記号を連ねた表現と描写で、一枚の絵画に仕上げられているようだ。鮮やかに蘇る異世界の光景に、胸をときめかせる琴子の耳に、突然それは飛び込んできた。 「だから! お願いしますよ、先生! 夢を自由に選んで見たいんです」 「いくらわたしでも無理ですよ、オザワさん。別の病院を紹介しましょう」 「あっ、そうやってはぐらかそうとしないで! ないなら方法を研究してくださいよ」  診察室から、一人の青年が追い出されてきた。ぴしゃりと閉じられたドアの向こうに、彼は悪態をついた後、やりきれないのか大きくひとりごちながら琴子の前を通り過ぎた。 「あーあ! 夢だってわかってても、好きだったんだ! もう一回あのひとに……。リオナ姫に会いたいなあ」 「──え?」  決して小さくはない琴子の声に、彼は振り返る。  目が合った瞬間に、何か……世界が変わる音がした。 終.
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