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『また最近奥歯噛みしめたでしょ。』 千晴が私の口の奥にミラーを差し込んで言う。 『クセはそんなに治るもんじゃないけどね。 踏ん張らなきゃいけない時もあるけど…まあ、気をつけて。』 口を開けていて話せないのでコクコクと頷いた。 半年に1回の定期健診に来た。 普通は衛生士さんがやるのだが、私や恵美など友達の時は千晴がやってくれる。 長めに時間を取ってゆっくり話しながら。 『淳也くんと別れられてよかったよ。 正直、夏希はまだ結婚もしないままズルズルと続けていくんだと思ってた。 …うん、よかった。』 寺島さんともう会わないと決めた後、淳也と向き合った。 ある意味寺島さんが背中を押してくれたチャンスを逃したらまた罰が当たると思った。 お別れしたことはメールで報告していた。 顔にタオルを掛けられているから千晴の顔は見えない。 心配してくれていたのはひしひしと伝わってくる。 『そうそう、寺島さんだっけ? 奥さんと別れたらしいよ。』 体がビクッとなってしまった。 『お互いちゃんとけじめをつけたなら、付き合うのもアリじゃない? はい、終わり!』 診療椅子が起こされてタオルを取ってもらった。 千晴と目が合う。 『寺島さんと会ってたこと、わかってた? …嘘ついてごめんね。』 千晴は道具を片づけながらふふんと笑った。 『聞いてもいないのに阿部がまたベラベラしゃべっていったのよ。 会ってるって言ったら私が責任を感じると思ったんでしょ? わかってるよ。』 そしてまた丸椅子に座って続ける。 『寺島さんと奥さんは大学で知り合って普通に付き合ってたんだって。 お互いが就職した頃、束縛がキツくなって苦しくて別れようとしたら《結婚してくれないなら死ぬ》といって自殺未遂を起こしたとか。 お互いの親に迫られて結婚せざるおえなかったけど、ずっと悩んでたって。』 そんなことがあったのか…。 別れるきっかけを探していたのは嘘じゃなかった。 私の恋心はさらに成就されたと思おう。 寺島さんもちゃんと奥さんと向き合えたんだ。 よかった。 よかった。 『夏希ちゃんに会いたいけど、あの時は騙していたのは事実だから自分から連絡は出来ないって言ってるって。』 寺島さんらしい大人な言葉。 『寺島さんにはもう連絡しないよ。』 千晴は『なんで?』と優しく聞いてきた。 付き合うのもアリと言いながら、半分は反対なんだろう。 千晴も既婚者だもんね。 思うところはあるよね。 心配かけてごめんね。 『私と会ってた時は奥さんがいたから…罪悪感は消えないよ。 別れようと思ってたとしても、今、実際に別れたとしてもね。 私も自分がズルいことをした罪悪感もあるし。』 『そうだね。 今は別れたとしても、はじまりは不倫だったことにはなるね。』 千晴らしくズバリと言ってくれた。 『夏希が別れられるように合コンをけしかたのは私だけど。』 『そんなことない! 感謝してるよ、千晴には。』 『…よし! 晴れてフリーだし、歯も綺麗になったし、また新たに頑張りなね。』 また千晴らしく豪快に言って笑った。 そうだね。 これを機会に本格的にお菓子の勉強しよう。 『今日の差し入れはバナナケーキだよ。』 『やったー!バナナ大好き!』 こんな笑顔をたくさん向けてもらえるように。
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