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会いたいな。
不安定な予定に思いを巡らせていた昼休み、電話を掛けてきた千晴は焦った口調で話し出した。
『夏希、ごめん!
この前の合コンのメンバー、みんな既婚者だったみたいでさ!』
一瞬で頭の血が足の先へ下がっていった。
千晴が診察に来て仲良くなった人と開催してくれた合コンから3ヶ月ほどが経つ。
千晴の歯科医院と同じビルにある会社の人達だった。
『さっきまた阿部さんが診察に来てさ、白状したのよ。
同じ会社に独身いっぱいいるよ、なんて言ってたくせに。
前歯の2本くらい抜いてやろうかと思ったわ。』
歯科医師の千晴ならではの毒舌に救われる。
『…聞いてる?』
『…ごめんごめん、聞いてるよー。
なんだ、そうだったのね。
ひどいけど、千晴のせいじゃないし謝らないで大丈夫よ?』
『そうなんだけどさ…夏希、一次会の後にあの背の高い人と2人で飲みに行ったでしょ?
その…手遅れになってないかと思って…。』
みんなもう大人なんだから何かあっても自分の責任なのにね。
高校生の頃から面倒見のいい千晴らしい。
『大丈夫だよ、あの日限りで終わったから。』
『それならいいんだけどさー。
古い恋を断ち切るには新しい出会いが一番だと思って開催したけど、今回は失敗だったなぁ。
恵美と百合にも連絡しなくちゃ。』
千晴の後ろから小さく‘先生、次の予約の方来ましたけど…’という声が聞こえた。
『患者さん来ちゃった!
じゃあ、またね。
また何かあったら誘うから。
あ、この前届けてくれたチョコレートケーキ、すんごい美味しかったよ!
旦那も美味しかったって!
また食べたい!』
『それはよかった。
また作って持って行くよ。
いつもありがとうね。
午後も頑張ってね。』
『ありが…‘ミヤガワさん、お入りくださ’…』と言いながら電話を切ってきた。
豪快な電話の切り方に笑ってしまう。
忙しいのに真っ先に知らせてくれたのね。
感謝だなぁ。
忙しい千晴に趣味のお菓子作りの作品をたまに届けている。
今度は何を作って差し入れしようか…。
現実逃避的に考えていたけれど、やはり心は騙せない。
食べかけのお弁当を急いで片づけて、トイレに駆け込んだ。
よかった間に合った。
ドアを閉めた音を合図にボロボロと涙が零れた。
会いたい人は会ってはいけない人だった。
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