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午後の仕事が手につかなくて、残業になってしまった。
会社を出て空を見上げる。
ビルの谷間からオリオン座が綺麗に見える凍てつくような夜だ。
澄んだ空気に晒されてまた泣きたくなってくる。
私は千晴に嘘をついた。
あの日だけで終わってはなかった。
歩き出したら電話が鳴った。
寺島さんだ。
覚悟を決めて通話ボタンを押した。
『もしもし、夏希ちゃん?
まだ外にいるの?残業だった?
明日会えるかな?』
耳の奥を擽る穏やかな声。
包み込むような大人の優しさを思い出し泣けてくる。
溺れてしまいたくなる。
でも…奥歯を噛みしめた。
『…結婚してるんですね。
だからもう会いません。』
‘言われると思ってた’とでもいうような息づかいが聞こえる。
『…ああ、聞いたんだ。
黙ってて悪かった。』
『…いいえ。』
好きだとも付き合おうとも言われていない。
はっきり騙されたわけじゃない。
謝ってもらうのは違う。
『夏希ちゃんもなかなか結婚しようとしない彼と別れるきっかけが欲しくて合コンに来たんだろう?』
『聞いたんですか。』
『全員既婚者だったとわかって怒った千晴ちゃんが阿部にぶちまけたらしいよ。』
千晴、嫌な役回りをさせてごめんね。
『僕も同じなんだ。
奥さんと別れるきっかけを探してた。』
『…それは…同じ重みでは無いかと。』
口ではそう言ったけど…結局は同じだ。
ズルい、という点では。
ちゃんと淳也と向き合わず他に救いを求めてズルしようとしたから罰が当たった。
会ってはいけない人に出会ってしまった。
淳也、ごめん。
そのうち私が焼いたケーキを食べて欲しいと思っていた。
あなたのキッチンにはすでに人がいるのに。
奥様、ごめんなさい。
『まあ、そうだな。同じではないか。』
寺島さんは一度大きく息を吐いてから続けた。
『遊びならとっくに手を出してたよ。
それは信じて欲しい。』
その言葉で私の恋心は成就されたと思おう。
『一度会って話したい。』
『別れるつもりでもまだ別れていないから。
奥様に申し訳ないことをしました。
もう会いません。』
寺島さんは深くため息をついた。
引き摺られてはだめ。
『たくさんの素敵なお出かけ、ありがとうごさいました。
寺島さんと出会わなければ、銀座のバーなんて縁が無かった。
私、ちゃんと自分で彼と向き合います。
だから…』
だから寺島さんも奥様と向き合って…と言いかけてやめた。
余計なお世話でしかない。
『…わかったよ。
確かに今の状況で僕から無理強いは出来ない。
でも、彼とけじめがついて気が変わったら連絡して欲しい。』
最後まで大人の対応だった。
『もう…連絡はしません。』
さようなら。
違う出会いがしたかった。
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