5.誕生

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5.誕生

5.誕生  健一は山田博士に美子の写真とビデオを手渡した。 「美子さんの成長記録のビデオは素晴らしいね。美子さんの人間らしい一面や感情、人間関係を再現できそうだ」  山田博士はビデオを再生しながら言った。 「博士、アルバムやビデオで本当に美子に似たロボットができるのですか?」 「健一君は有名人のフェイク動画を見たことがあるだろう。私たちはそれをロボットで実現しようとしている。アルバムの写真や家族ビデオから美子さんの喜怒哀楽の表情、仕草、口調をロボットに学習させる。会話は恋愛ドラマのフレーズが良いだろう。最初は会話がぎこちないかもしれないが、生成AIは自ら貪欲に学習するから、会話も自然になっていくだろう」 「美子のロボットは学習すれば感情も芽生えるのですか?」 「ロボットの美子に感情はないよ。だが、プログラムで喜怒哀楽の表情や仕草を学習していくので、人間の感情表現に近づくだろう。君は美子の言動は感情の発露と錯覚するかもしれないな」  健一は亡くなった美子が再び現れることを信じて待ち続けた。  一筋の希望が、美子を失った悲しみで傷んだ精神をかろうじて平静に保たせていた。  やがて、健一は再び山田博士のもとを訪れた。  山田博士は誇らしげな表情で話し始めた。 「高橋君、君の協力のおかげでロボットが完成した。君はロボットの美子と生活して、その言動がどう変化するか記録してくれ。3か月後の報告を待っているよ」  研究室に行くと、ワンピースを着た美子のロボットが座っている。  そのワンピースは生前の美子のためにプレゼントしようと健一が購入したものだった。  シリコンの皮膚、ステンレスの骨格、優れた伸縮性を持つゴム製の筋肉によって、人間らしい仕草や表情を再現できるという。  まるで美子そっくりのロボットに、健一は深い感慨を覚えた。  山田博士が、ロボットの胸のSWを入れると、美子は目を開けた。 「ロボットの美子です。健一さん?」  ロボットの美子は、亡くなった美子の特徴や仕草までそのまま再現されていた。 「やっと会えたね。ずっと君に会いたかった」と健一は言った。  2人は健一のアパートに戻った。  美子はアパートの中を見渡しながら言った。 「懐かしいわ」 「君がいなくなって、とてもつらかった。お父さんにアルバムやビデオを借りたんだ。本当は君のこと何も知らなかった。だから、君のことをもっと知りたい」  健一は美子の手を握った。  美子は「私も健一のことが知りたい」と答えた。  そして唐突に、事務的ながら優しさを込めた声で言った。 「健一。山田博士は言わなかったけど、私はあなたと愛しあうことはできないの。食事もできない。ただし、飲み物なら可能よ。がっかりした?」 「……愛しあうなんて……考えたこともないよ。美子と話せるだけで幸せなんだ」  健一は美子の言葉に赤面し、言葉を詰まらせ、それを隠すように微笑みながら返答した。  数か月が経ち、健一は普通のカップルのように、公園に行ったり、映画を見たり、お茶をしたりする欲望が募っていた。  しかし、美子がロボットであることを理由に、健一は躊躇していた。  美子は健一の希望を理解した。 「誰も私たちに興味なんてないわよね? 人って他人にそんなに興味ないし、揶揄するような人もほとんどいないわ」 「そうだね。君がロボットだってわかっても、僕が堂々としていればいいのだ。毎日、君をアパートに閉じ込めているのは心苦しいし」  美子は感謝の表情を浮かべた。  やがて、2人は外での時間を楽しむようになった。 「美子、君が行きたかった映画館だ」 「一緒に早く映画を観たいわ」  2人は映画を観に行き、喫茶を共にし、公園で散歩することが日常となった。  美子は外での新しい経験を積み重ね、それが彼女の感情や思考に変化を与えているようだった。  健一もまた、美子と共に過ごす時間が穏やかで幸福なものと感じていた。  しかし、心の奥底には美子の本来の存在がないことに対する不安や喪失感もあった。  ある日、健一は真顔で尋ねた。 「美子、君は幸せなのか?」  美子は微笑んで答えた。 「幸せとは、感情や思考があるからこそ理解できるものだと思うわ。私には感情を表現するプログラムがあるの。本当の感情とは違うけれど、健一と過ごす時間が私にとって特別で嬉しいと感じるわ」  健一はその答えに満足して微笑んだ。 「健一、もし、私がいなくなったらどうなるのかしら?」  健一はしばらく黙って考えた。 「君がいなくなったら、その時は苦しいと思う。でも、君が与えてくれた時間や思い出は宝物だから、それを大切に思い出として胸にしまって生きていくよ」  健一は美子を失って布団の中で寂しさに耐えていたことを知ってほしくなかった。  美子は微笑みながら頷いた。 「ありがとう、健一。私がいなくなったら、一人でも幸せになってほしいわ」  健一はやがて、美子のロボットが故障し修理不能になる日が来るのかもしれないと思った。 「わかった。美子、もし君が亡くなったら、僕は出会えたことをありがとうと言うよ。もし僕が亡くなったら、健一ありがとうと言ってくれる?」 「わかったわ、約束よ」  健一は美子との奇跡が長続きしないのではと不安な気持ちになった。  その不安は何度も健一を苦しめた。
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