6.ありがとう

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6.ありがとう  レンタカーは伊豆の海岸線を風に揺れながら走り抜けていた。  青い空と輝く太陽、そして美子の笑顔が、健一の心に穏やかなぬくもりをもたらしていた。 「あなたと一緒に見たこの景色は忘れないわ」  美子がそう言うと、健一は頷いた。 「そうだね。きれいだ。僕もこの日を忘れない」  健一も相槌を打ちながら、美子との特別な瞬間を大切にしていた。  しかし、幸福なひとときも束の間、帰路の途中で予期せぬ出来事が彼らの運命を変えることとなった。 「あぶない。後ろから猛スピードで外車が走ってくる」  健一はバックミラーを見て叫び、美子も慌ててバックミラーを見た。  その瞬間、外車がレンタカーに追突し、大きなクラッシュ音が鳴り響いた。  その反動でレンタカーは電柱に激突しフロントが大破した。  救急車が駆け付け、救急隊員が大破した車から二人を救出しようとした。  美子は健一を庇うように覆い被さっていた。  美子のシートベルトは外されていた。  それは、事故を察知した美子の瞬間の行動だった。  健一と美子は救急車に搬送された。  美子の体には救急用のセンサーが搭載されていた。  不測の事態が発生すると、機器情報と位置情報を山田博士の元に送信するようになっていた。  二人は救命救急治療室に運ばれた。  二人には生体情報モニターが接続されたが、美子のデータは表示されなかった。 「モニターがおかしいな」  医師がそう言いながら、美子の怪我をした額を治療しようと、皮膚に触った。金属の額が浮かび上がった。 「何だこれ!!」驚嘆の声に、周囲の医師や看護師たちも覗き込んだ。  生体情報のモニターが緊急警報を鳴らし、健一の心拍数数が急激に低下しているのを知らせた。 「男性を助けるんだ」  医師たちは一丸となって、健一の蘇生に励んだ。  医師たちの緊迫した声に美子は目を開けた。  損傷しているので、視線は定まらなかった。  やがて手術室にいることに気づいた。  隣には健一が横たわり、手術の始まりを告げるようにシャツがはだけていた。 「美子、どこにいる」  弱々しい声で健一が呟いたが、麻酔に包まれ、健一は静かになった。  手術が始まったが、美子は体が壊れているので、手足が動かず、手術を見守るしかなかった。  手術が終わり、二人は病室に運ばれようとした。 「いや、機械を同じ病室に運ぶのはまずいだろう。他の患者さんの目もある。とりあえず倉庫に運んでくれ」  医師は美子を倉庫に運ぶよう看護師に指示した。 「先生、健一の手術は?」微かに途切れるような声だった。  医師は美子の声に驚きながら、「無事おわりました」と言って手術室を出て行った。  美子は倉庫に運ばれた。  しばらくして、健一は目が覚めた。  健一は、痛みに耐えて、ナースコールを押し、看護師が来ると質問した。 「美子は助かったんですか?」 「美子というのですか。あのロボット。今地下の倉庫にいますよ。山田博士とかいう人が引き取りに来るそうです」 「待ってくれ、美子に合わせてくれ」 「右腕を骨折されて、脳震盪も起こされているんですよ。術後の面会は先生の許可がいるんです。それに機械でしょ」  看護師は冷たい口調で言った。  美子が、健一の怪我のことで、不安になっているに違いないと思った。  それに、美子自身も損傷が激しいかもしれない。電源が落ちたら、美子はどうなるのかと思った。  やがて、山田博士が病院に駆け付けた。美子が倉庫に横たわっている姿を見て、涙を流した。 「美子、君が人間ならこんな扱いは受けないぞ」  それは美子を生み出した父親のような感情だった。  美子の四肢は折れて、シリコン製の皮膚から金属の骨格がむき出しになっている。 「先生、健一さんは?」 「今、確認してきた。右腕を骨折したが、無事だ。健一君の見舞いができるように、交渉してみよう」  山田博士は、美子を病室の健一君に会わせてから、研究所に美子を搬送しようと思った。  山田博士は病院と家族に立ち会う許可を得ようと説得した。
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