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7.あなたに会いたい
7.あなたに会いたい
山田博士は美子をストレッチャーに移し、シーツで体を覆い、健一の病室の戸を開けた。
シリコンの皮膚が破れ、金属の骨格がむき出しになっていたため、シーツをかぶせた。
それでも、額の皮膚が剥がれ、白金に光っていた。
病室には健一の母親と医師たちがいた。
美子の異様な姿に母親は驚いた。
「美子は無事ですか?」
健一が美子の姿を見て山田博士に聞いた。
「損傷が激しいので…」
「美子、返事をしろ。目を開けてくれ。」
その声で美子は目を開け、健一と呼んだ。
山田博士は、美子を再生することは可能だが、記憶データは消えてしまうと思った。
胸の中の特殊バッテリーの損傷が激しく、残量が1時間しかないこともわかった。
バッテリーが切れれば、美子はSYSTEM DOWNする。
それは美子というロボットの死を意味する。
美子の記憶をバックアップしなかったことが悔やまれた。
「美子、健一君、実は……」山田博士は口ごもった。
美子は、山田博士の表情や声音から、再生されても、健一の記憶が消えてしまうことを悟った。
それは健一の知っている美子の死を意味する。
「山田博士、私は修理されても健一さんの記憶が消えてしまうのですね。それでは、意味がありません。健一さんに見守られて死にたい。電源を切ってくれませんか」
「美子、待ってくれ、結論を急ぐな。山田博士、大丈夫だと言ってください」
山田博士は健一が恋人を失いながら立ち直った。美子を失っても、立ち直れるはずだと思った。
「健一君。美子の損傷が激しいので、再生すると君との記憶は亡くなってしまうだろう。ロボットは自ら破壊しないように設計されているが、美子は、君の思い出を持って死ぬことを望んでいる。この判断はプログラムのバグだとは思えない。美子の願いをかなえてやりたい。君なら、美子がいなくともやり直せるはずだ」
健一は絶望的な言葉に嗚咽し、涙が止まらなかったが、美子の願いをかなえてあげたいと思った。
「いつか二人のどちらかが亡くなる時はありがとうと言おうと約束した。美子、君に逢えたことを忘れない。二人の思い出を忘れない。僕は君に会えてよかった」
「ありがとう。健一。私も忘れない。あなたに会えてよかった」
「山田博士、ありがとうございます。私の電源SWをOFFにしてください」
「いいんだな。美子。しばらくのお別れだ。またいつか会える。きっとな」
山田博士は我が子を見送るように言った。
美子は目をつぶり、目元から一筋の涙が流れた。
山田博士は、優しく、美子の電源SWを切った。
美子は2度目の死を迎えた。
壊れた美子が研究所に回収され、再生のプロセスが始まった。
冷たい鉄のパーツが置かれた研究室で、ロボットの美子は生まれ変わることになる。
研究者たちは美子の内部電源が事故で損傷していたため、胸部に電源を繋ぎ、頭部にモニター用のコードを繋いだ。
モニターで故障状況を調べながら、パーツの交換について検討を始めた。
突然美子の目が開いた。
周囲を見回し、自分がどんな場所にいるかをおぼろげに理解し始めたようだった。
「けん……いち……どこ……?」
美子の言葉はとぎれとぎれで口調も平坦だった。
研究員は驚いた。
追突事故で、全身が破損し、CPU、記憶装置を動作させるバッテリも損傷していた。
美子は病室で電源オフにされ、ロボットの機能が全停止したはずだった。
「山田博士! 美子さんが目を覚ましました。奇跡が起きたんですよ」
太陽が天空に舞い、さざ波がキラキラと輝いて海岸に押し寄せている。
心地よい潮風が横顔を通り過ぎ、熱帯の鮮やかな花々が南国の景色を思わせる。
健一はまぶしそうに眼を細めて白い砂浜に立ち、ロボットの美子を出迎えた。
「美子、君を待っていたよ。君に会いたかった」
「健一さん、私もあなたに会いたかった」
美子が手を差しだし、健一の頬を撫ぜた。
「美子、これからはずっと一緒だ」
健一は美子の体を抱き寄せ、その温もりに涙がこぼれた。
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