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客の軽口
ある日、優香さんが一人の女性客に近づいていった。どうやらこの店の常連らしい。まだ不慣れな俺は、その客とは何の面識もなかった。
二人が和気藹々と話した後、わりと高めな天然石のブレスレットがレジに運ばれてきた。
俺は事務的に商品コードを読み込ませ、梱包材で包んでいく。そんなとき、女性客が軽口よろしく言った。
「早津さんが辞めてすぐに新しい子が入ったんですね。優香ちゃんも寂しくないかな?」
ぴく、と俺は眉を顰めた。優香さんは花笑みで答える。
「古瀬くんていうんです。仕事熱心で、教えたこともすぐ覚えてくれて。もう頼りにしてるんですよ」
すると客は、俺の気分をさらに害した。
「早津さんとは連絡取れるの? 優香ちゃんは休日に会えたりするの?」
早く金を払って帰れ、と言うわけにもいかず、俺は成り行きを見つめるだけだった。
「こまめに連絡取ってますよ。早津さん、私が店長になったのが心配みたいで」
「まあねえ、店長になってすぐは困ったこともあるよね。相談できて心強いね」
「そうなんです。早津さんはとても頭いいから、店にいなくても管理されちゃって」
「うんうん、確かに頭いいし、優しいし、頼り甲斐ある人だよね」
「ご家庭があるから、会うのはなかなかできないんですけど、電話はよくかけてくれます。早津さんも新しい職場で大変なのに」
「優香ちゃん、愛されてるねぇ」
「心配性なだけですよぉ。早く私も一人前にならなきゃだめですね」
この会話を聞いて不倫を疑わないやつがいるなら、とんだお人好しだろう。でも、優香さんは決して俺と早津を比べたりはしない。むしろ客がその名前を出さなければ、「早津」とも「啓史」とも言わない。
俺は毎日機嫌が悪く、見えない圧に潰され、不快さに殴られているようだった。
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