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花笑みの彼女
道の辺の 草深百合の 花笑みに
笑みしがからに 妻と言ふべしや
バイト先の店長を憶いながらネット検索したら、この歌が出てきた。
大伴家持が詠んだ万葉集の歌。
意味は、『草が生い茂る道端で咲く百合のように、あなたは微笑みかけてくれました。もうそれだけで私の妻と言ってもよいのではないでしょうか』という求婚を孕む雅な歌だ。
彼女──優香さんを浮かべると、可愛いとしか言えない笑顔ばかりに埋め尽くされる。まさに花が咲くように笑う、俺の理想を立体化したような人。
検索を続けていくと、『咲く』という言葉にも『綻ぶ』という言葉にも『笑み』の意味があり、それらをすべて集約した大和言葉が『花笑み』だそうだった。
現代では聞き慣れないが、大和言葉は美しい。言葉は時代で移ろうものだが、言葉に美を追求した古の人々には、恋こそ生まれ落ちた理由とでも言うべき色彩がある。
優香さんは花笑みながら仕事をする。アクセサリーショップの若き店長として、分け隔てない接客でファンも多い。何と言っても美人だから、それに花笑まれると場が華やぐんだ。
片や俺は未だ新人扱いのまま、気遣われる立ち位置。彼女にとっては早く一人前になってくれとの思いがあるはずだが、俺は仕事中にもときめいてしまい、何だかそわつくように立ち回りが下手になる。
そしてもう一つ、俺の心を焦らせるものがあった。
優香さんが店長になる前に店長を務めていた、早津啓史の存在だ。
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