告白

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そして彼女は、まるで涙を(こら)えたような口調で話し出した。 「⋯私、啓史さんに言われたことがあるの。無理をするなって。今でも、そう言われ続けてる」 なんで早津の名前が出てくるのか。俺は自分の狭量さに腹が立った。優香さんは話をしようとしてくれているんだ。それを聞かなきゃ、返事も何もないだろうに。 「無理をするなって、どういうこと?」 俺は握りがたる拳をそいつに任せた。もう拒まれるのは確定らしい。 「⋯うん。笑顔ばかり見せるなって。つらいときは、つらい顔したっていいって。痛いときは痛い顔していいし、悲しいときは泣いたっていいって。でも、ごめん⋯。私、慎弥くんにも笑顔ばかり見せてた」 つまり、俺が未熟で、それを見抜いてやれなかったってことか。若さで誤魔化したくはないが、やっぱり早津と比べて経験が足りないんだな。 「⋯ずるいの、私。自分が傷つかないように、仮面をかぶってて。心の中はぐちゃぐちゃで、全然整理できなくて。いけないって分かってても、啓史さんに抱きしめてほしい。彼の奥さんや娘さんにも、怒りとか恨みとかあるの。出会った順番が違うだけじゃんって。だけど拒まれるの知ってるし、無理やり壊す度胸もないし、⋯だから、笑って自分を騙してた」 この背中に触れている手が、二つになった。彼女は両手で俺の服を掴み、握り、(ねじ)って、自らに引き付けようとする。俺は踏ん張って耐えた。おそらく彼女は、ここで俺に抱きしめられることを望んではいない。 「⋯花笑み、だっけ。そんなにきれいなものじゃない。すごく汚いよ、私の内側は。嫌いな人には嫌いって言いたいし、むかついたときはむかつくって言いたいし、罵ることも、貶すこともしたいんだ。でも、誰かの敵になるのが怖くて、やり返されるのが怖くて、否定されるのが怖くて、人の気持ちが怖くて、だから⋯、笑顔ばかり見せる癖がついてた。啓史さんは、それを分かってくれたの。でもね、言葉にして伝えたのは慎弥くんが初めてなんだよ。告白してくれたから、ちゃんと応えなきゃって思って、素直に話した」
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