SCENE1

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 始業時間になった事もあり、気持ちを切り替えて仕事に取り掛かったのは良かったのだけれど、今までは大して気にもならなかったのに仕事では事ある毎に一之瀬と関わり合う機会が多くあり、その都度彼を意識してしまう。 (私って意外といつも一之瀬と一緒に行動してたんだ……)  それが“当たり前”みたいなところもあったからなのか、全く気にも止めていなかった筈なのに、一之瀬と一夜を共にしてしまった事、私に好意があったと知ってしまった事で、彼との距離感が分からなくなっていく。 「本條、これなんだけど――」 「――!?」  仕事の打ち合わせ中、隣に座る一之瀬が私の手元にある資料を覗き込みながら顔を近付け、何かを指差そうとした瞬間たまたま指先と指先が触れただけだったのに、それに過剰に反応してしまった私は驚いて声を上げそうになったのと同時に勢いよく手をどけたはずみで資料を床にぶちまけてしまった。 「本條、どうした? 打ち合わせ中にボーッとしてんなよ?」 「す、すみません!!」 「ったく、何やってんだよ」  上司に注意された私は椅子から立ち上がって謝る横で、溜め息混じりの一之瀬は床に散らばった資料を拾ってくれる。 (誰のせいよ……!)  怒りたい気持ちを抑えつつ、「ごめん、ありがとう……」と口にしながらしゃがんで残りの資料を拾っていると、共に拾っていた一之瀬と目が合った。  他のみんなは打ち合わせを再開していて、机の下で見つめあっているのは私と一之瀬の二人だけ。  一之瀬は口元に薄ら笑みを浮かべ、『意識し過ぎ』と私にしか聞こえないくらいの小さな声で呟くように口にしながら資料を手渡してくると、先に体勢を立て直してさっさと打ち合わせに参加してしまった。 (もう! 何なの? あの余裕そうな表情と態度は!)  私ばかりが意識している事が面白く無いのと、こんなんじゃ仕事や日常生活にも支障をきたしそうで、一旦冷静になりたいのに一之瀬を意識すればする程それが出来そうに無かった。
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