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魔法界では日照時間が少ない。午後四時だというのにもう空は薄い紫色に変わり始め、室内では蝋燭が琥珀色の玻璃越しにぼんやりとした光の環を壁に描く。
三つ並べられた机の上では、土色をした手捻りの小さな壺の中でこぽこぽと泡が音を立てている。ローブ姿の学生たちが各々、手で包み込んだ壺の中を息を詰めて見守っている。
「あっ」
机の間を歩いていた私の耳に小さな驚きの声が聞こえたのと、少し先の座席から眩い光が拡散したのが同時だった。
それを合図にあちこちの席から次々に光が発散し、机の上に、天井に、壁に線を引いていく。その色は白金、銀、翡翠色、碧、様々だ。
「一番はウェネ、二番はカトル、成績『優』、と。どう、他もほぼみんな、光を出せたかな」
手元の学生簿で光の灯った子の名前に印を付け、部屋の中を見回したら、一番端の机の隅にまだ光を発していない壺があった。壺を手で包むのは緑色のローブと黒髪のあの人で、私はすぐに部屋の反対へ首を巡らそうとした——でも、遅かった。
「……桜子、これは選んだ資材がまずいのか」
顔を上げた彼は、訴えるような眼で私を見て言った。
「……今は『春川先生』」
目が合ってしまったら、教師という立場上、無視することはできない。仕方なく葉太の壺の中を覗き込むと、水面にはほんのり色づいた桜の花が浮かんでいて、発芽するはずの光の種すら生まれていない。
「葉太はどうしても光の魔法が苦手なのね……ここでは身を守るのに光と治癒魔法は会得しないと」
「わかっているけども」
葉太は再び壺の中を見つめた。もう授業も終わりの時間だ。私は部屋の中央へ向きを変え、杖を天井へ向けて一振りする。杖先から光線を発し、それを天井から吊り下げられた幾つもの蝋燭にぶつけると、たちまちのうちにそれら全てに火が灯った。
「じゃあ今日の授業はおしまい。みんな、光を『閉じて』壺を棚にしまってね」
***
授業が終わり、備品の確認と戸締りをして教室を出ると、もう廊下はすっかり夜闇に包まれていた。窓辺には木々が並んでいるせいで、足元も暗い。私はわずかな隙間から入った月明かりを杖の先にすくい上げ、それで目の前を照らしながら廊を進んだ。
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