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Magia III
「失礼いたします。今月の授業報告を持ってまいりました」
講義の定期報告に学園長室を訪ねると、学園長は窓際のひだまりでゆったりと両手を後ろ手に結び、外を仰ぎ見ていた。
「ああお疲れ様、桜子くん。授業もうまく進められているようだね。この調子だと来年の受講希望生はぐんと増えるんじゃないかい」
振り返った学園長の顔は逆光でよく見えないけれど、口調からにこやかに微笑んでいるのがわかる。でも嬉しそうな声に、私の視線は学園長の顔から床へと落ちた。
「先生。ニホンの桜がお好きだという先生が、私を養女として受け容れて下さったのにはとても感謝しています……でも、私がここにいられるのなんて……」
「桜子くん、顔を上げて、外を見てごらん」
項垂れた私の頭の上に、学園長の声が降ってくる。気乗りしないまま顔を上げると、窓の外には雲ひとつなく澄み切った空。細く開けられた窓の隙間から入る風に、真冬の鋭い冷たさはない。
「もうすぐ私の大好きな春本番だ。私と君の故郷のニホンの春が、私は好きで、確かにその意味でも君は愛おしく思うよ」
「……でも、先生、この学園に私は……」
「桜子くん」
小さく絞り出した言葉を、学園長が優しく、でもはっきりと遮った。
「それだけなら、私は君を学園に入れる必要はないんだよ。君と同じ空間で暮らすのは、君にも、彼にとっても重要なことだとわたしは思っているんだ」
学園長は微笑みを讃えたまま目をさらに細めたけれど、眼差しには強い力があった。
「君がいま、現にここに姿を見せていること自体がすでに、何かしら特別なことが起こっている証拠じゃないのかな」
学園長の背に広がる吸い込まれそうな天色の中にひと筋、メジロが小さな羽を広げて窓枠の端から端へと横切る。もう、春になるのだ。
「でも。でも先生、もう私は……」
その先は、最後まで言葉になってくれなかった。学園長はゆっくりと窓辺のひだまりの中から抜け出て私に近づき、気づかぬうちに堅く握り締めていた私の手を、ごつごつとした大きな手のひらで包み込んだ。
学園長が立っていたところの床が、陽を受けて暖かみのある色に変わる。
あの温もりを心地よく感じられる日は、再び来るのだろうか。
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