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同盟の契機
太田さんはただの先輩同僚の一人であった。
上司は一緒ではあるが、職場のグループは別。仕事はたまに組むことがあるくらいで、彼が同じ悩みを抱えているなどとは全く知らなかった。
ただ抱いていた印象は、あのどっかのブランドで有名な犬っぽくて、どこかくたびれているなと思っていた。ネットで調べたらバセット・ハウンドというフランス原産の犬らしい。
半年前に元夫との別居が決まり、より通勤しやすい駅近アパートに引っ越した。
この駅周辺には馴染みがないから、週末暇なときに買い物がてら散歩していた。
そうしたら、牛丼屋チェーンから出てくる太田さんを見かけた。何となく気まずくて、声をかけるのはやめた。
太田さんはこのあたりに住んでるのか…?
まぁ特に興味もなかったので、その日は散歩をそのまま続けた。
翌週の週末は推しのライブを一人で見に行くため、駅まで歩いていた。すると、沿線でも有名なスーパー銭湯から太田さんが出てくるのを目撃した。
やっぱり気まずくて、ちょっと歩くスピードを落とす。
…ん?先週も同じ服を着てたような…
近所に住んでるのかもしれないから、まぁ同じ服でも問題ないだろう。
更に翌週の週末の朝、高校時代の友人の結婚式に出席するため、駅まで歩いていた。
すると先々週と同じ牛丼屋チェーンから出てきてずっと同じ服装の太田さんに、ついにバッタリ会ってしまったのだ。
「…あっ」「うわっ、真岡さん!」
「おはようございます」「おはようございます」
「このあたりにお住まいなんですか?」
思い切って聞いてみることにした。
「…あ、いや…須田駅にある借り上げ社宅なんですよ。真岡さんはこのあたりに住んでるんですか?」
え?須田駅は同じ沿線にはあるが、30分くらいかかる。
「私は最近このあたりに引っ越してきまして…。あのー、太田さん。先週も先々週も週末このあたりにいましたよね?たまたま見かけまして…」
太田さんは実に気まずそうな表情を見せた。
…うん?このあたりに愛人でもいるのだろうか?
別にこれ以上問い詰めたいわけではなかったので、話を終わらせようとした。
「…あー、すみません。立ち入ったことを聞いてしまいました」
「あ、いや…。家にいられないから定期券で来られるこの駅に来てたんですよ」
家にいられない?ずっと同じ服で外出?
理由はよく分からないが、それなりの企業勤めとはいえストレスの多い職場だし、家にいられないのだとしたら休息が取れないのではないだろうか。
「太田さん、ちゃんと休めてます?」
「朝に電車で寝てますから大丈夫ですよ」
──は?
「全部寝ても30分くらいですよね。ご飯もずっと牛丼なんですか?」
「いえ、お金もないんで豚丼食べてるんですよ。あとこの店は朝は朝ごはんセットで卵までつくんです!」
──は??
太田さんは課長代理という肩書きもあり、平社員の私よりも給料はいいはずなのだ。
しかも社宅に住んでるのなら、なぜお金がないのか??
話せば話すほど頭に「?」がたくさん浮かんだ。
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