思わぬ事態

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 ともかく、私は昔よく知っていた屋敷の庭を転がるように走り、庭の隅に備えられたトイレに駆け込んだ。大金持ちのこの屋敷には、当時から水洗トイレがあった。それは当時と何も変わらなかった。  子供の頃、飼い犬が偶然迷い込んだのをきっかけに、石塀と生垣に囲まれた場所に穴を見つけて、私はこの屋敷に迷い込んだ。そして、この屋敷の息子と友達になった。  この家の息子の名前はジョシュア。ジョシュア・バウズザック・バリイエル。つまり、次期バリイエル王朝の君主となる、ジョシュアだ。  自分がどこにいるのか分かって、私はパニックになった。  ――庭を抜けて、この屋敷から今すぐに脱出しなければならないわ。表門を抜けるのはダメ。あっという間に捕まるわ。裏門も厳しい。さっき、荷車が侵入する時に門番がいる気配があったから。  ――となると、私は一体どこからこの屋敷を抜け出せるの?  私は身だしなみを整えた。乱れた髪を素早く整えて、ドレスの皺をできるだけ伸ばした。そして、誰かに見咎められた時に怪しまれぬよう、平常心を装って庭を歩き始めた。  ――早く!早く!一刻も早く!  ――でも、走ってはだめよ。誰かに不審に思われたら、捕まってしまうわ。  私は歩きながら、自分のはやる心を必死に自制した。
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