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そして、あの世にも不思議な事が起こった。
喉が渇いた僕は水を飲みに部屋を出ると、台所の方からとても良い匂いがしてきた、とても懐かしい匂いだ。
「…おでんだ…あのおでんの匂いだ!」
僕は台所へと向かった。そこには、おでんをグツグツと煮込んでいる大将の姿があった…。
「お久しぶりです」と、大将はこちらを振り向いて言った。
「…お久しぶりです」
僕は大将さんの幽霊を見ても、『怖い』という感情は微塵もなかった。
「僕、あなたにまたお会いしたいと思っていました」
「私もですよ。ご立派になられましたね」
「…おでん、いただけますか?」
「はい。今お持ちしますんで、どうぞお掛けになってください」
皿に盛られた熱々のおでんがテーブルに出された。具は大根、卵、ちくわ、こんにゃく、餅巾着、あの時と全く同じだ。
「いただきます」
僕は大根をそっと口に入れた。これだ。この味だ。程よい甘みのつゆが染みた大根の優しい味…とても懐かしい味だ…。
「おいしいです…とてもおいしい…」と、僕は目を潤ませた。
「ありがとうございます…」大将さんは一拍開けて言った。「私が死んだ所為で店は無くなり、家内と娘に迷惑をかけてしまいました…それがとても残念でなりません…娘は…まだ7歳になったばかりで…」大将さんは左手で顔を覆いながら泣いた。
「…でも大将さん、あなたとの思い出は絶対に無くなったりなんかしませんよ。女将さんと娘さん、そして、あのお店を訪れたお客さん達の心の中で、ずっと生き続けるんです」僕は大将さんの手を握りしめた。「この僕もその一人です。大将さんの、あの時の言葉を支えに生きてきました。今の僕があるのは、あなたのおかげなんです。本当に、ありがとうございます」
大将さんはにこりと笑い、静かに消えていった。
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