中の人

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中の人

「ごめんなさい。やっぱり代役お願いします!」  永島(えいじま)由衣佳(ゆいか)は、企業アカウントの中の人である。  由衣佳(ゆいか)の務める会社、マンダリー文房具はいわゆる中小企業。  社長が勢いで企業アカウントを作り、社内で一番若い由衣佳に運営を委ねた。するとなぜかSNSアオトリで人気を得てしまい、今では彼女はアオトリ専門社員である。   『そんなこと言われると困るんです』 『嬉しいくせに』  マンダリー文房具の企業アカウントは、マンダリーくんと呼ばれ、いつの間か、いじられキャラに。  その中で一番絡んでくるのは、SCFYのスカフィーだった。  SCFYはスキンケアブランドで、企業アカウントは、女王様のイメージでスカフィー様と呼ばれてる。  Sっぽい絡み方をするのだけど、その攻め方が絶妙で由衣佳はいつもタジタジだ。それがなぜか攻められて喜んでいるアカウントだと思われていて、スカフィーがSでマンダリーがMで、SMコンビだと呼ばれたりしている。  有名な企業アカウント、スカフィーのおかげで、マンダリーもフォロワーが増え人気のアカウントになった。  実はマンダリー、スカフィーと同じ日にアカウントを作っている。  それで一周年に当たる日、合同誕生パーティをすることになった。  所謂オフ会である。  由衣佳は「マンダリーくん」が男性だと思われてることもあり、緊張に耐えられず、先輩の那加川(なかがわ)大智(たいち)に代役を頼んでしまった。  那加川はメガネをかけていて、細身。世間、アオトリ上で普及しているマンダリーくんのイメージ通りの人だった。  人気の企業アカウントであるマンダリーとスカフィー。趣味でイラストなども描かれ、擬人化されたマンダリーくんは由衣佳の先輩、那加川によく似ていた。  スカフィーも擬人化されていて、これはキツめの美人に描かれている。  スキンケアブランドなので、実際スカフィーの中の人も美人に違いないと由衣佳は想像している。 「仕方ないな。いいぞ。スカフィーさんってきっと美人に決まっているから役得だし。アオトリには顔は載せないだろ?」 「勿論です。顔はしっかり隠すので安心してください」 「それならわかった」  そうして、合同誕生日会は、先輩を代理に立てて臨むことにした。  由衣佳は補佐役として側にいるつもりだった。   (実際は私が中の人なんだから、フォローアップしなきゃね)  九月二日、いよいよ、合同誕生パーティの日がやってきた。  アカウント一周年、一歳の誕生日を祝う場所はホテルではなくこぢんまりしたレストランを貸し切った。  選んだのはSCFY側だ。  参加者はマンダリー側が十人、向こうも十人である。  先輩である那加川がマンダリーの中の人として紹介された。  それを見ながら由衣佳は少しだけ罪悪感を覚える。    那加川の挨拶が終わり、次はスカフィーの中の人の紹介だ。  由衣佳のイメージ通り、美人な人だった。  名前も体を表す如く、四条丸(しじょうまる)麗子(れいこ)。  お坊ちゃんのようなぼんやりした感じの那加川に、洗練された美女の四条丸麗子。  二人並ぶと不釣り合い。けれどもマンダリーくんとスカフィーさんのイメージにピッタリな絵が撮れそうだった。  由衣佳はすかさず写真を撮る。   (あとで、加工しなきゃ。とりあえず、アオトリでは今日オフ会と書いちゃったから、後でアップしよ) 「ん?」    ふと気がつくと、いつの間にか由衣佳の隣で誰かが写真を撮っていた。   (うちの会社の人じゃない。 SCFYの人か。肌が綺麗で、髪もサラサラ。なんていうか超イケメンだ。うわあ)  思わずぼうっと見惚れてしまう。 「あ、すみません」  するとイケメンは彼女が凝視していたのに気がついて謝ってきた。 「すみませんはこっちです。ガン見してすみません」  由衣佳はすかさずぺこりと頭を下げた。 「がん見って。こんな時に使う人、初めて見ましたよ」  イケメンは目を瞬かせた後、苦笑した。 「いやはや。申し訳ないです。SCFYの方ですか?」  由衣佳は恐縮しながらも質問する。  すると肯定された後、同様に聞かれた。 「はい。あなたはマンダリー文房具の方ですか?」 「はい。永島(えいじま)由衣佳(ゆいか)って言います。よろしくお願いします」 「私は、多鍋(たなべ)流次(りゅうじ)と申します。よろしくお願いします」  由衣佳は再度頭を下げ、多鍋はお礼の見本のような綺麗な頭の下げ方をした。 (すごいなあ。私、去年入社して、ずっとアオトリの運用とか事務しかしていないから、挨拶とかよくわかんないんだよね)  美形で優秀そうな多鍋に対してそんなことを思っている彼女に、眉を顰めていたのはマンダリー側の人間だ。由衣佳も気がついてその方向へ頭を下げる。  そんな彼女を多鍋は面白そうに見ながら尋ねた。 「永島さんはまだ入社されたばかりなのですか?」 「えっと、いえ。もう一年になります。慣れていなくてすみません」 「いいえ。謝ることではありませんよ」  多鍋は優雅に微笑み、由衣佳はまた見惚れてしまった。 (なんていうか眼福。SCFYの皆さん、綺麗すぎる)  総勢十名のSCFY社員。男性が三人、女性が七人で、全員肌が輝かんばかり美しかった。  対してマンダリー文房具側。女性が四人、男性が六人という編成。  先輩の女性社員は全員、すっかりSCFY商品の虜になっていた。 (そうだよね。私も多鍋さんからサンプルをいただいたから。しっかり使おう)  誕生会が終わっても、由衣佳の仕事は終わらない。残業代はきっちり請求しますと宣言して、会社に戻ると早速写真の加工をし始めた。  アオトリのアカウントは会社でしかアクセスしない。  実はこっそり個人のアカウントがあるのだが、混ざると危険。  もちろん、会社からアオトリ用に最新のスマホが支給されている。 『今日はスカフィーさんに会いました!とても美人で見惚れてしまいました!』    由衣佳はなんとなく多鍋を思い浮かべながら加工した写真と一緒にそう投稿した。  
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