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「どうぞ」
俺は憂に椅子にかけるように促した。
憂の手にかけられている黒いバックの中には、コラボ商品に関する案や資料が入っているのだろう。
憂は持っていたバックを膝の上に乗せるようにして「ありがとうございます」と言ってから座り、椅子の位置を調整して俺の方に向き直った。
「別にそんなかしこまらなくてもいいよ」
俺はそう告げ、椅子を引いて憂の前に座る。
ここにいるのは俺と憂の2人だけーーー他人行儀な振る舞いは、もうおしまいでいいだろう。
「久しぶりすぎてーーーほんとびっくりした…
ーーー髪…短いし…真っ黒じゃん…
…茶髪のロングだったからーーーなんか新鮮ーーー」
俺は憂の目をほとんど見れずにそう告げた。
窓でもあれば何気なく窓の外に視線を向けてそう言えたのに、行き場をなくなった俺の視線は憂との間にある机の上を彷徨い、それが自分で不自然だろうなと感じる。
予想通り憂からの返事は直ぐには無く、数秒の間が出来てしまった。ヘアスタイルをどうしようと憂の勝手なのに、言わなきゃ良いこと言ったかなと思い、俺は椅子を少しだけ後ろに引いた。
「あの」
俺は椅子を引いて顔を上げた。
10年前よりずっと大人っぽくなった憂が、目の前にいる。
「ーーー…どこかで……お会いしましたっけ…?」
「ーーーーー…」
予想外の言葉に、俺の頭は一瞬真っ白になった。
どこかで?お会いした?
そりゃ会ってるだろ?
お互い大学一年生の頃に出会ってーーー21歳の頃までーーー付き合ってたんだから。
「私…人の顔覚えるの得意なんですけど……
ーーー…平さんの事は今日初めて会ったと思ってて……
ーーー…もし忘れてたら…ごめんなさい…
…どこで会いました…?」
心臓が途端に早く動き出し、俺は意識して息を細く、ゆっくりと吐いた。
落ち着け。
落ち着いてーーー…何がどうなってるか、ちゃんと考えなくてはならない。
俺はもう一度確かめるように、目の前に座る憂の姿をした人物を見つめた。
10数年分の歳月を重ね、印象はかなり違ってはいるがーーー目の前にいるのは俺が見る限り紛れもなく憂だ。
顔だけでなく、骨格、仕草や声ーーー纏う雰囲気、正真正銘あの時の憂なのだ。
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