【1】

14/22

53人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
「お客様だったんですね…! …あんまり声かけられたりとかはなかったんですけど…すみません…!覚えてなくて… 平さんくらい素敵な人なら、覚えてても良いはずなんですけど…変ですね…!」 素敵な人ーーーという言葉に、つい嬉しくなってしまう自分。これが憂の芝居かもしれないと疑っているのにも関わらず、これが自分の本心なのかと自分に呆れる。 微笑みを浮かべ髪の毛を耳にかける仕草は、紛れもなく俺の知ってる憂で、憂はそのままテーブルにコラボ商品のデザインについての書類を出した。 「これからお話しする中で、もしかしたら平さんの事を思い出すかもしれませんしーーー デザインのお話、してもいいですか?」 こうやってスマートに話題を切り替え、商談を進めようとしている憂。 大人になったなと感じる反面、俺の知らない10年を過ごしてきたであろう憂に、なんとなく寂しい気持ちになる。 憂と付き合っていた時、既に東堂さんと知り合いだった俺はドメーヌになる為ーーー1年だけフランスに修行に行った。 『本場のドメーヌの1年間を、若いうちに見ておいたら』 そう東堂さんに言われ、俺は自分で興味もあってフランスに飛び立った。仕事は楽しく、ルームメイト達との生活も充実し、俺は忙しさにかまけ憂とのやりとりを疎かにした。 その結果日本に帰国する1ヶ月前に憂からの連絡は途絶えーーー憂はその後二度と俺の前に姿を現さなかった。 憂は一体ーーー…今までどこで何をしていたのだろう。無事に京美大を卒業してUryu.に入社したーーーその事実しか、俺は今知らない。 母子家庭だった憂は今一人暮らしだろうか。 それとも母親と暮らしているだろうかーーーいや…それは無いか。憂の母親は男を取っ替え引っ替えしては男のところに転がり込むーーー男がいなければ生きて行けないタイプの女性だから…。憂は小さい頃それで随分辛い思いをしたと言っていたし…一緒には暮らしてるはずもないかーーー… 京美大ーーー京帝美術大学に通う為の学費も母親の収入だけでは当然足りなくて…当時憂の母親と付き合っていた男性が学費を全て出してくれたと聞いていた。 だから蔑ろには出来ないが、憂はその母親の恋人をあまり良くは思ってはおらず、表面上の付き合いをしていると、10年前は言っていた。 それなら今憂は一人で暮らしているかーーー…恋人が居たら、その男と暮らしていたりするのだろうか。憂の性格的に、ルームシェアとかは考えにくい。 仮に恋人が居たら…それはどんな男で何をしていてーーーー
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加