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「ありがとうございます!
ーーー今、スタンプ送りました。
それーーー私です」
憂が話してる途中で、ラインの通知が届く。
憂から送られたスタンプは、ゆるキャラのようなシロクマが美味しそうに食事をしているスタンプだ。
憂のラインのアイコンはチョコレートのお菓子で、背景は水平線が美しい海だった。
名前は俺の知っている「佐崎憂」となっている。
「平さんーーー樹っていうんですね。
ーーーそれでさっき『ツッキー』」
憂に言われ、心臓がまたしても不意に早くなる。
ヤマさんが俺を『ツッキー』と呼んでいたのが、憂の中で合点がいったのだろう。
樹ーーーって、付き合ってる時の憂は俺をそう呼んだ。
平さんじゃなくて、樹って呼び捨てで、何回も。
「漢字で書くと短くて楽ですよ、平樹。名前は画数それなりに多いですけど」
俺が言うと憂は「たしかに」と笑い、指で俺の名前を書く素振りをした。
「佐崎さんはーーー憂って言うんですね」
俺は知ってて当然の憂の名前を、敢えて口にした。
19歳の頃に出会ってから、何度も呼んだ名前。
憂は困ったように微笑み説明する。
「あんまり良い意味無いですよねーーーこの漢字…
母親がつけてくれたんですけど…あまり深く考えなかったみたいで」
憂の答えは俺の知っている答えだった。
やっぱり目の前の憂はーーー俺と付き合っていたあの憂なのだ。
どうして彼女は俺を覚えていないのかーーーついさっきまで気になっていたその疑問は段々と色褪せ、既にどうでもよくなっていた。
むしろ憂が俺を覚えていないのがーーー今の俺にはかなり好都合に思える。
憂と俺は初対面で、今日会ったばかり。
お互いの過去も、性格もーーーまだ深いところまでは何も知らないーーー
これはまたと無いチャンスだーーーー
あの時手放してしまった憂とーーー過去を無かった事にして、もう一度やり直せるチャンスがーーーー目の前にあるーーー
こんなに美しいのにその美しさを鼻にかけることも無くーーーいつも俺を一番に考え、支えてくれた憂。
こんな女性はーーーなかなかいないーーー
ーーー今憂を逃したら、もう二度と憂のような女性には出会えないだろう。
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