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……はじめましてーーーーねーーーー
「平君はね、こんな優しい顔してすごい秀才なんですよ。ーーー代々お医者さんをやってるお家に生まれてーーー…元々はお医者さんになる予定の人だったんだから」
東堂さんに言われた瞬間、俺は苦笑いをする。
今ここでそんな事言わなくてもーーー
「お医者さん!?そりゃあすごい!ね!」
顎髭の男性ーーー駒場さんは俺の方に顔を向け、目をまん丸にした後、横にいる佐崎憂に視線を向けた。
「そうですよね!
医学部なんて、私なら絶対入れません」
女性も同じように驚いた顔でそう返す。
その反応に、貼り付けた笑顔が引き攣りそうになる。
ーーーお前は知ってるだろーーー
ーーーー俺が若い頃ーー…医者目指してた事…
俺達昔ーーーー付き合ってたんだからーーーー
「ーーーーワインが好きでこちらに?」
突如投げられた男の質問に俺は身構える。
身構えつつも言葉を探し、同時に憂の顔色を伺う。
彼女は俺の答えを待つかのように、黒目と白目のコントラストのはっきりとした瞳を俺の方に向けている。
どうやら憂はーーー俺と付き合っていた事はおろか、顔見知りということも伏せ、今初めて出会った赤の他人だという事でこの場をやり過ごしたいらしい。
「落ちこぼれのダメな学生だったのでーーー…医学部を中退して…レストランで働いて…そのままワインの魅力にハマって…このワイナリーに」
俺が皮肉も込めて言った言葉を聞いた彼女は、困ったように笑って駒場さんを見上げた。
「ダメってことはないですよね」
「うん、天職かもよ。
中退してまでワインを作りたいってなったらさ、もうすごいよ」
憂と駒場さんは2人で天職だ天職だと言い、俺に笑顔を向けてくる。
駒場さんの笑顔は本当かもしれないがーーー憂は内心、どう思っているんだろう。
10年前愛し合った俺がこうして働いているのを見て、その整った顔の腹の底でーーー何を思っているのだろう。
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