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「佐崎さんの彼…すごい方なんですねーーー
でもアメリカはーーーちょっと遠くて大変ですね」
憂は照れ隠しなのか、持ってきていた水筒を開け、水を一口飲んだ。
俺も先程憂から貰った水に、口をつける。
「遠いですよね…
でもーーー…後一年で帰って来てくれるので…なんとかなりそうですーーー」
憂は水筒の蓋を閉めながら告げた。
なんとかなりそうーーーかーーー…
「ーーーそろそろ駒場さん達帰って来ちゃうと思うので…隣の研究室の事だけ、簡単に聞かせていただいても良いですか?」
憂は気を取り直すかの様に髪の毛を耳にかけた。
恋人の話を俺から振られて赤くなっていたと思える耳は、もうすっかり冷めて、淡いピンクみを帯びた肌色に戻っている。
こうやって慌てたり照れたりしたと思っても切り替えが早いところもーーー俺の知ってる憂そのものだ。
「いいですよーーーご案内します」
俺はそう言って椅子から立ち上がり、憂を研究室の見学スペースに案内する為に扉を開けた。
憂も立ち上がり、俺に着いてくるかのように俺の少し後ろで横に並ぶように立った。
憂がどうしてーーーー俺を忘れてしまっているかは知らない。
だが今目の前にいるのは確実に憂だ。
俺が19歳の頃に恋に落ちーーー別れ、その後2度と会う事は無かった、あの憂なのだ。
あの時に戻りたいとは思ったことはない。
でも時々憂をふと思い出してーーーどうしているだろうかとか、元気だろうかとかーーー
結婚はしているだろうかとかーーーそんな事を思ってしまうことはあった。
憂を思い出して、憂の事を考えることは自然なことでーーーーその度ふとーーーもしまた憂と出会ってやり直せたらどうだろうかと思ったりしたこともあった。
「じゃあ、どんな研究をしているかーーー
ーーー先に説明しますね」
俺は設備の向こうをガラス越しに見つめた。
ガラス越しでは無く手が触れられる距離にいる憂に、俺はたった1日で再び心を奪われてしまっている。
それはそうーーーまだ19歳だった憂と出会った時と、まるで同じ様に。
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