53人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
「もしよかったら、お昼食べて帰りませんか?」
俺に言われた憂はノートパソコンのキーボードを叩いていた手を止め、視線を斜め下に向けた。
時計に視線を向けた憂は、時間を確認する為に服の裾をさりげなく捲る。
俺の視線はその瞬間、腕まくりをした憂の手首に持っていかれる。
憂の腕につけられた腕時計は、俺が憂と付き合う際の告白のタイミングでプレゼントした『SPAICA』というブランドのものだった。
時計は現在も俺が使っているこの時計とペアになっており、両方ともベルトは革製のブラウンで、文字盤が俺のはブルーブラック、憂のはホワイトだった。
憂は俺同様、まだこの時計をつけていたのかーーー
「ーーー時計、同じですね」
憂をランチに誘っておきながら、つい話を切り替えて質問してしまった。
憂は俺を覚えていない。
という事はこの時計の事もーーーもちろん覚えていないのだろう。でもそれは一度気になりだすともう歯止めが効かず、言葉となって俺の口から飛び出した。
憂は驚いたように少しだけ目を大きくしてから、俺の時計と自分の時計に交互に視線を移した。
憂の白い肌に馴染む、赤みがかったブラウンのベルトの時計。
「本当ですねーーー!
ーーーだいぶ前から使ってて、気に入ってて…
ベルトは何回か交換しているんです…!
デザインも綺麗だし丈夫で、長持ちしてて」
憂のリアクションに少しの安堵感と落胆を覚えつつ、俺は次の質問を探す。こうやって憂が俺を覚えているかいないかを再確認してーーー俺は一体何をしたいのだろう。憂にどうあって欲しいのだろう。
過去の俺の事を忘れてくれていて欲しいと願いつつ、こうやって自分が渡したプレゼントの事を忘れている彼女を見て、もどかしく感じる自分もいる。
最初のコメントを投稿しよう!