【2】

9/11

53人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
笑いながら話す憂を前に、胸が針にでも突かれたかのようにチクリと痛む。憂が(じょう)とアイツを呼ぶのを聞くと、普段もそんなふうに呼んでいるだろうなと想像してしまう。 「あまり大勢と話すのは得意じゃないみたいでーーー…本当は優しいんですけどね」 本当は優しいとまで言われると、実際憂はアイツに優しくされているんだろうなと更に傷つく。 「ああ見えて動物好きなんですよ、丈。 私が交通事故に遭った時もーーー丈が応急処置をしてくれていたから助かったんです」 憂は当時を思い出すかの様に、愛おしそうに目を伏せる。 憂の長い睫毛が目の下に影を落とし、その表情は美しかった。憂にこんな表情をさせる黒谷丈に、俺は嫉妬してしまう。 あの頃憂と付き合っていたのは、紛れもなく自分なのに。 なんでーーー黒谷丈が憂の恋人になってる? 憂は確かに俺と付き合っていてーーー 憂の母親も俺と憂が付き合っているのを知っていたーーー なのになんで最初からーーー憂は黒谷丈と付き合っている事になってるーーー? 「それってさ」 俺は憂の話を遮って声をかけた。 憂は黒谷丈が犬が好きという話をしている最中だったが、そんなの今はどうでもいい。 「黒谷から聞いたの?」 「え?」 憂は俺の言っている言葉の意味がわからないのか、俺の顔を見て首を小さく傾げた。 「事故の後目が覚めて…そこで黒谷からーーー 佐崎さんと自分が付き合ってるって聞いたわけ?」 俺は尋問する様な態度にならない様に、努めて柔らかい雰囲気でそう尋ねた。 憂は頷き、答えてくれる。 「そうですーーー…大学に入った頃から付き合ってるってーーー…私の母も同じ様に言っていたので、疑いはしなかったです」 「写真とかなかったの? 見せてもらえると、直ぐ信用出来るよね」 憂は俺の腹の底の何かを感じ取ったのか、警戒する様に体を少しだけ後ろに引いた。 「丈は写真をあまり撮りたがらないタイプでーーー2人で撮った写真は持ってないって言ってました」 「大学の頃から付き合ったのにーーー? ーーーー…3年間で一度も?」 俺の質問に、憂はとうとうムッとした顔をした。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加