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「ーーーね?ーー…平君…?」
「え…?…あ…はい!!!」
話を聞いていなかった俺は慌てて東堂さんの言葉を聞き返した。最近憂の事を少しでも考えると、周りの音が聞こえなくなってしまう。
自分の記憶が過去へ過去へと内に入って行き、こうやって今誰かが話してくれている言葉を聞き逃してしまうのだ。
「ーーー…駒場さんと一緒に来てた佐崎さん、綺麗な人だよね」
東堂さんから予期せず憂の名前を出された俺は一瞬動揺し、それを悟られない様にゲストハウスの入口の手垢を拭き取る。
金属でできた取手は、手垢が付くと目立ちやすい。
「彼氏持ちですけどね。
俺の大学の同期と、遠恋中だそうです」
俺は涼しい顔でそう告げる。
東堂さんに今、恋人と呼べる人間はいない。
もしかしたら東堂さんも憂に好意を持っていたりするのかと思ったら、途端に釘を刺しておきたくなってしまう。
「え!?そうなの!?
てかいつしたの…?…そんな話…!」
東堂さんはわざとらしい程の驚いたリアクションで俺に尋ねた。俺は顔を上げ、答える。
「先週の金曜日にデザインのすり合わせをしたくてーーー休みだったんですけど佐崎さんに時間作ってもらって。
ーーーその時に聞きました」
何食わぬ顔で答えて、俺は再び入口清掃の続きをする。東堂さんは床にモップをかけながら、感心した様にため息をついた。
「流石平君ーー…仕事が早いね…
ーーーねぇ、まさか佐崎さんの事…狙ってないよね…?…何かあったら、俺陽介さんに叱られちゃう」
冗談の様にも、本気の様にも取れる東堂さんの言い方に、俺は若干の罪悪感を感じながらもアハハと声を出して笑った。
嫌がっている憂に強引に迫ったとかならそれは駒場さんから咎められるかも知れないけどーーーもし憂が今後自ら俺を望んだとしたなら、怒られる筋合いは無いだろう。
「そんなにクズじゃないですよーーー…!
それに佐崎さんの彼氏…めちゃくちゃ優秀な医者らしいんでーーー俺に目移りするわけないですよ」
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