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「Uryu.は大手企業だし、面白そうじゃん。 やってみようと思うんだけど、一応大ベテランの平君にも聞いておこうと思って。」 東堂さんは買ってきたソーセージパンをかじる俺の横に座り、尋ねた。 大ベテランと言われ、確かに東堂さんのもとで働いてからもう10年以上経ったなと思った。 俺はふと、アルマディージョに入った頃のことを思い出す。 大学1年生に上がってすぐ周りとの勉強への熱量に差を感じ始めた俺は…俺は僅か半年程で大学を辞めてレストランでアルバイトをし始めーーー東堂さんと知り合いワインの魅力にすっかり取り憑かれた。 そして東堂さんの後を追うようにドメーヌとなった俺はこのワイナリー、『アルマディージョ』で働くことになったのだった。 「いいんじゃないですか。 俺も賛成です。料金の負担は全てしてくれるって書いてるし、失敗してもリスク無いですし」 俺の答えを聞くと、東堂さんは声を出して笑った。 「平君らしい答えだね。 じゃあ、OKって連絡入れとく」 東堂さんはそう言って席を立つと「ゆっくり休んで」と声をかけて、パソコンのあるゲストハウスへと出て行った。 あの時、この企画に憂が関わってると知っていたらーーー俺はこの企画に乗り気じゃなかったと思う。 元カノと会うなんて誰でも気まずいしーーー…一緒にこれから仕事をしていかねばならないなんて…息の仕方さえ意識してしまうほどにやりずらい。 それはきっと憂も同じなのだろうけど、あんな風にすんなり赤の他人という振る舞いをされるとこっちが負けたような気分になる。 女の方が遺伝子的にも器用だというのは、どうやら本当の話らしい。 憂と別れて大学を中退してから、あっという間に10以上が経ち、俺も憂も32歳。憂は今年…厄年か。 すごいなーーーあんな風に「はじめまして」なんて挨拶して微笑んで…俺と今初めて会ったみたいに俺が医学部だった事に驚いて見せて… 駒場さんだってまさか俺が憂の元カレなんてーーー思いもしてないんだろうなーーー 憂の態度とは正反対に、俺の態度と言ったらさぞ不自然で、違和感があったに違いない。 だって自分で自分の表情が気になって仕方なくてーーー窓ガラスに映った自分の笑顔はピエロみたいに不自然だった。
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