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「ーーー…いらっしゃいませ」 俺は我に返り、来店を知らせるベルが鳴った扉の方に顔を向けた。女性客が2人、ワインショップの中へと入ってきた。 「試飲出来ますので、もしよかったらお声掛けください」 俺は商品の補充を進めながら女性客にそう頭を下げた。 左側に立つ女性は付き合っていた頃の憂がそうしていたように、茶色くした髪にふわふわのパーマをかけている。 あの頃の憂が懐かしい。 あの頃の憂にはもうーーー触れたくても触れられないがーーー10年の歳月を経た憂には今まだ触れられるチャンスがあるーーーー 俺が大学一年生の頃、確かに出会った憂と、もう一度やり直すチャンスがーーー あの日ーーー勉強する為に入ったあのカフェーーー『エッジハウス』で俺と憂は出会った。 イライラして、焦って机に向かおうとしていた俺に、声をかけてくれたのが憂だった。 憂はイヤホンを両耳にはめていた俺を気遣い、コーヒーをそっと横から差し出した。 そのコーヒーの皿の上に乗っていた、赤い包み紙に入ったキャンディ。 俺は慌てて、イヤホンを外した。 『キャンディ、サービスです。 何かと忙しくて…勉強する時間ってなかなか取れないですよね… ーーー勉強しに来ていただくのも大歓迎ですけど…たまには息抜きも、しに来てくださいね』 あの瞬間微笑んだ憂に、俺は恋をしたのだ。 まだ黒かった長い髪を、黄色の細いゴムで結んでいた憂に。 過去の憂を思い出した俺は憂に会いたい気持ちが募り、まだ店がオープンしたばかりにも関わらず、憂と揃いの腕時計に視線を落とした。 19時が待ち遠しい。 今日は19時になったら、今を生きる憂に会える。 そう思ったところで女性客2人に声をかけられ、俺はテイスティングカウンターの中へ入って指示されたワインをグラスに注ぐ。 女性の付けているイヤリングを見て、俺はまた思い出すーーー憂はピアスの穴を開けるのが怖くて、ずっとイヤリングをつけていた事。
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