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「じゃあお昼食べたら、施設の中をご案内しますね」
憂との過去をしばらく振り返っていたところで事務室の扉が再び開かれた。
どうやらプロジェクトの概要や詳しい日程を話し合った3人はこれから昼食を取った後、施設の中を見て回るらしい。
扉から出てきた憂は先ほどと同じように自然に俺の方に視線を向ける。
何にも言わないよ別にーーーー赤の他人ってことにしとけば、それでいいんだろーーー
「平君もご飯まだでしょ?
ノーヴで一緒にご飯食べよ。
ヤマさんが交代でゲストハウス入ってくれるから」
「ーーーーー」
予想外の東堂さんの誘いに、思わず絶句した。
言葉が出てこないとは、こういう事だ。
ノーヴはアルマディージョの敷地内にあるレストラン。メインディッシュの肉や魚の他に、石窯ピザや、地元産の小麦を使ったパスタ、焼きたてパン、スイーツなど、ワインに合う様々な料理をブッフェ形式で食べられる。
社員割引が適用されてもそれなりに値段が張る、滅多に行かないレストランで食事が取れるのは嬉しいが、憂と食事をするなんて気まずくて仕方がない。
しかしこの状況で、この誘いを断るのも気まずいし、何より不自然だ。
「言ってこいよツッキー、俺店番してっから」
返答に困っているとカウンター内に入って来たヤマさんにポンと肩を叩かれた。
ヤマさんは俺の親と同じ年で、来年定年退職の年を迎える。ワイナリーに勤めているくせにワインよりビールが好きという変わり者で、時々空気の読めない発言や、傍若無人な振る舞いをする。
樹という名前を取って、俺をツッキーと呼ぶのもヤマさんだけだ。
もちろんーーーというのは失礼だけど結婚はしておらず、プッチーとラッピーという2匹の犬を溺愛し、独身生活を謳歌している。
そんな何を考えているかわからないところもヤマさんの魅力なのだけれど、時々何を言い出すか分からずハラハラさせられる。
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