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「平さんもお家、こっち方面だったんですね」
京帝大学駅で電車を降りた憂は微笑み、俺が昔プレゼントした時計に視線を落とした。
俺は憂に嘘を付き、自分も京帝大学駅で降りると嘘を付き一緒に電車に乗ったのだ。
「大学の頃に住んでから、引っ越しが面倒で。
佐崎さん1人だと夜道心配だから、ちょうどよかったでしょ」
憂は少しだけ照れ臭そうに「ありがとうございます」と頭を下げてから「もうそんな歳じゃないですけど」と笑った。
もう少し憂との時間を過ごしたいが為に自宅がこの辺りと嘘をついた自分に若干の後ろめたさを感じつつ、俺はもっともらしい理由を告げられたなと思った。
「私も大学の頃から、ずっとこの辺りに住んでて」
俺は道路側に面した憂の隣を歩きながら、それも黒谷の吹き込んだ嘘なのだろうと考える。
京美大ならもう少し離れた所にあるからーーー憂がこの京帝医科大学の側に家を借りているのは黒谷の計らいなのだろう。
「黒谷の家もこの辺?」
気になった俺が率直に尋ねると、憂は少しだけ話すのを迷うような素振りをした。
「この辺っていうか…私達一緒に暮らしてて。
丈今はアメリカにいるけどーーー丈が在学中には一緒に住んでたんです。
ーーーーだから家に1人だと、なんだかただっ広くて、今は変な感じです」
今度は俺が、驚いた顔をしてしまう。
在学中に一緒に暮らすーーーって…黒谷って…ああしてて結構手早いんだな。
「反対されなかった?
ーーーお父さんお母さんとか」
俺は憂に父親がいない事を知ってるのに、敢えてそう尋ねた。
「私母子家庭でーーー母もあんまり私に関心がなくて…好きにしろって感じでした」
予想通りの答えを聞いて、俺はまたしても安堵する。
俺の知っている憂が、ちゃんと隣にいるという安心感。
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