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「佐崎さん」
俺が名前を呼ぶと、憂は驚いて顔を上げた。
憂は一瞬周りを気にするようにしたが、直ぐに笑顔を作った。
「平さん…こんにちは」
憂の様子は、先日までの憂の様子となんとなく違った。
その理由は俺が憂にキスをしたからなのか、それとも憂が本当に俺の事を思い出したからなのかはわからない。
でも今憂が平静を装い、何食わぬ顔でこの場をやり過ごそうとしているのは伝わって来た。
「偶然ですね」
俺が言うと、憂はまたしても作り笑顔をした。
「本当偶然ですね。
ーーー旅行ですか?
だいぶ大きいバック持ってるから」
憂は俺のバックを見て「なんでも出てきそう」と微笑んだ。どうやら憂は2週間ほど前の俺のキスを、無かった事にしようとしているらしい。
「友達と2人で旅行なんです。
ーーーパンプス、新しいの買えましたか?」
俺は憂の質問に答えてから、先日のキスを思い出させるような質問をしてみる。
憂は困ったように視線を斜め下に逸らすと、耳にかけていた髪の毛で耳を隠した。
ーーーこれは恥ずかしい時に赤い耳を隠す為にする、憂の癖。
「はいーーーあの後すぐ新しいものに変えて…
……でもまだ履き慣れなくて…長く履くと足が痛くなっちゃったり」
憂は笑って本心を隠す。
明らかに困っている憂に、つい意地悪な質問を投げかけてしまいたくなる。
分かってるだろ?
あのキスが事故じゃなくてーーー
俺が望んでしたキスって事くらいーーーー
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