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「…旅行ーーー ……どちらに行かれるんですか?」 憂はまた一瞬だけ後ろを気にするようにしてから、俺にそう尋ねた。 きっと憂は今ーーー俺にここで偶然会ってしまった気まずさを埋めるためにこの質問をしているのだろう。 「東北に。金山温泉、一度行ってみたくって」 俺は以前憂が金山温泉に行きたいと言っていたのを知っていて、敢えてその名称を口に出す。 「いいですね! ーーー私も実は金山温泉行ってみたくて… 写真で見た時の街並みが素敵でーーー歩いたらタイムスリップしたみたいになりそう」 タイムスリップという言葉につい反応してしまい、憂が今その言葉を使ったのがなんだか意味深に感じられた。 憂は俺をーーーやっぱり思い出しているんじゃないだろうか。 思い出しているけれども言い出せないだけでーーー本当は既に…俺と恋人同士だったこと全ては思い出さなくても、断片的な記憶は蘇ったりしているんじゃないだろうか。 「ーーー…旅行って、食べ物もすごく楽しみですよね!…私お肉が好きなので…温泉宿とかの個室でゆっくり美味しいお肉食べれたら、最高だなって思います!」 憂は本当に楽しそうに微笑んで見せた。 憂は俺を余程意識しているのかーーー今日はいつも以上によく喋る。昔から憂は初対面の俺の友達がいたり、俺の大学の知り合いにあったりした場面ではーーー自分から積極的に話すタイプだった。 多分それは緊張を隠すためでーーーきっと今もそうに違いない。 憂は俺を確実に意識していてーーーあのキス以来初めて会った俺との距離感に、今も戸惑っているーーー
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