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「ーーー…ヤマさんは食べないんですか?
…お昼ーーーー」
「俺もう弁当食ったよ」
ヤマさんはゲストハウスの受付の椅子に寄っ掛かるように座り、長い足を組んだ。
「男だらけの職場だしーーー
ーーーたまには美人と食事してこいよ」
小声で言われ、俺はまたしても絶句する。
美人ってーーー間違い無く憂のことだ。
その美人と顔を合わせるのが気まずいんだよと言い返したいが、それはできない。
憂と同じく、俺も憂と付き合ってるのがバレる事は避けたいのだ。だって絶対面倒くさい。
「ーーーじゃあ……お言葉に甘えて…」
俺はヤマさんと同じような小声で言うと「ありがとうございます」と言う代わりに軽く頭を下げた。
俺は一応休憩室のロッカーから財布を取り出し、財布とスマホだけを持って3人の元へ合流する。
「じゃ、行こっか」
微笑んだ東堂さんに頷いてから、俺は3人に着いていく格好をとった。
俺の気持ちなんて知るはずもなく、東堂さんは先頭に立ってノーヴまでの道案内をしながら歩き出した。
俺は一番後ろを歩き、よりによって憂の真後ろを歩く格好となった。前から東堂さん、駒場さん、憂、俺の順番でノーヴへと歩く。
気まずくて仕方ない俺とは正反対に、憂は肩まである髪を揺らして平然と歩き、自分の前を歩く東堂さんや駒場さんと話したり笑ったりしている。俺と付き合っていた時かなり明るめの茶髪だった憂の髪は、今はすっかり綺麗な黒色になっている。
ーーーーなんでそんなに自然に笑ってられるんだよ…俺に愛想つかして……関わりたくもないって思ったからーーーあの時別れたんだろーーーー?ーーー俺からの連絡を一切無視して…自然症滅なんて姑息な手を使ってーーーー
憂の明るい声や柔らかい笑顔が目や耳に入るたび、俺はイライラしてしまう。まるで俺が存在していないかのように、駒場さんと東堂さんと会話をする憂。
憂が歩く度に髪の毛からはシャンプーの香りがしてーーーその香りも10年前とは違う。
10年前まで憂が使っていたのは、俺が好きと言ったバニラの、甘い香りのシャンプーだった。
俺と付き合ってから一気にオシャレになり垢抜けた憂は、ファッションも小物も流行を取り入れ、一緒に街を歩いているとモデルと間違われることもあった。
憂は俺と付き合っていた時使っていたそのシャンプーを既に使ってはおらず、このジャスミンのようなーーー華やかな香りのシャンプーを今は使っているのだろう。
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