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「憂」 聞こえた低い声に、憂は振り返った。 俺も憂の肩越しに立つ、その人物に目をやった。 男は黒い髪を真ん中から分け、はっきりとした顔立ちをしていた。青みがかった白い肌に、涼しげで一重にも二重にも見える瞼。全体的に彫りが深く、目鼻立ちがはっきりとしていて、一瞬外国人の様な印象すら受ける。 ーーーあれ……この男どこかでーーーーーー… 「ただいま」   そう告げた男は俺の前だと言うのに、まるで外国人がそうするかのように憂の側頭部にキスをした。 俺は言葉を口にする事が出来ず、その男と憂を前に黙ってしまう なんだよそれ…ここ…日本だぞーーー 「丈…おかえり」 憂が発した言葉が耳に届くや否や、俺の頭は真っ白になった。 丈ーーーー? ーーーコイツが…あの黒谷丈…? 「ーーーーお友達?」 男は俺に視線を向けた後、憂に尋ねた。 憂は男を見上げ、俺の方に視線をやった。 「前話してた…取引先のドメーヌの平さん。 ほら…丈と同じ大学だったって話、したじゃない」 男ーーー黒谷は「あぁ」と笑って目を細めて頷いて見せた。心臓が逆流しているかのように脈打ち、俺は身構える。憂はどう思っているか分からないが、俺にはこの男が自分をよく思ってない事が、ひしひしと伝わって来た。 「平さんかーーーー ーー…あの頃の俺、嫌な奴だったから…困らせてるかも… 今ここで、急に会ってもーーーね?」 冗談にも、本心のようにも取れる笑みは、明らかに影を隠していた。 黒谷は本当に俺の憶測通り、憂が記憶喪失になったのを良い事に、自分が憂の恋人であると名乗ったのだろうか。 だとしたら俺は黒谷にとってーーーどうしても憂に会わせたくない、邪魔な存在という事になる。 「平さんこれから旅行なんだって。 接客業ならではのーーーゴールデンウィーク前の、ゴールデンウィーク」 憂が微笑むと、黒谷も合わせて微笑んだ。 微笑んで見せても、目の奥に湛えた黒いものが見え隠れするような気がした。
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