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「何食べようかな…
ーーーオススメ、ありますか?」
「ーーーーー」
ノーヴに着いた憂は突然その切れ長の瞳で俺を見上げ、上目遣いでそう尋ねた。背がそこまで高くない憂は、意識せずとも上目遣いになる事が、昔からよくあるのだが、今の俺にはコレがーーー随分わざとらしい仕草に思えてしまう。
他人行儀に、元彼である俺にオススメを聞いてみせる憂を見てーーー良い気持ちにはならない。
「ーーーあんまり来ないんですよ俺も。
ーーー好きなもの…取ったら良いんじゃないですか」
「ーーーー」
目も合わせずにそう返した俺を見て、今度は憂の方が黙った。
俺も憂みたいに、他人行儀の涼しい顔で「ローストビーフが人気なんですよ」って答えれば良いのは分かっている。
でも今の俺にーーーそんな大人の対応をする気は無い。
確かに俺はこのドメーヌという仕事をする為に忙しさにかまけて彼女を蔑ろに扱ったかもしれない。でも憂は俺の仕事を『応援してるね』といつも言っていたし、だからこそ俺は自分の生き方を貫き通した。
なのに結果ーーー憂からの連絡は突然途絶え、自然症滅という形でフラれたわけだ。
今日まで俺の前に姿を現すことはなかった憂にーーー微笑み返す義理はない。
「そうなんですね…
…じゃあ、直感で取ります…!
ーーー私お肉好きだから…ローストビーフとステーキ取っちゃおうかな…
平さんも、食べます?」
なんて事ない顔でトングを手にし、俺の瞳を覗き込んでくる憂。
俺は驚き、あからさまに目を逸らしてしまう。
器用って言うか…ここまでくると白々しい女ーーー
「ーーー…じゃあ……お願いします…」
俺はそう返事をすると、憂の方にトレーに乗せた皿ををさりげなく差し出した。駒場さんと東堂さんのいる手前…あからさまに冷たい態度をとるわけにもいかない。
憂は「はい」と言い、俺の皿に3切れのステーキと、ローストビーフを一掴み入れてきた。
その後で自分のお皿にも同じ分のステーキとローストビーフを盛りトングを所定の場所に戻す。
「平さんと同じ分食べてたら、駒場さんに『またここぞとばかりに食べて』って叱られちゃうかも」
いたずらっ子のように笑って見せた見せた憂から、不覚にも目が離せなくなる。
自分でそれに気づいた俺は前髪で慌てて目を隠し、一瞬でも彼女に見惚れたことを誤魔化すかのようにメニューに目をやった。
「ーーーけっこう食べるんですか?」
まさか俺は憂に今更見惚れてるのかーーー
ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせなくてはと思いながら、そう質問を投げかけてみる。
「物によりますね。肉とか野菜…甘いのは沢山食べれるんですけどーーーご飯とか麺類になると、すぐお腹に溜まっちゃって」
俺の質問に答えつつ、憂はピザを二切れ手に取った。
昔からそうだったなと思った。
出会った頃も憂は同じような事を質問されると、同じように答えていた。
それは嘘では無くて、ラーメンは一杯食べるのがやっとの時があるのに、焼肉は何度か追加をしたり、サラダをおかわりしたり…その細い体でそんなに食べるのかと驚かせるのが憂だった。
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